第104話 水も滴るいい女

「さて、ササッと終わらせないとですが……どこまで使いましょう?」


 馬車から飛び降りたルーミアは駆けながらどの段階まで力を開放するか考える。


 レッドバイソンの相手をするだけならば何も問題ない。

 その後に先に進む馬車を追い掛けることも計算に入れて、どのくらいの力で、どのくらいの時間で処理をするのか。

 そんな後のことを考えるだけの余裕が少女にはあった。


 目の前のレッドバイソンと後ろでどんどん小さくなっていく馬車。

 それらをチラチラと見ながら、ひとまず処理の方向性を決めた。


「全部ぶっ飛ばしてもいいですけど……テキトーに足止めだけして早めに追いかけましょうか。その方が時間的にも魔力的にもよさそうです」


 レッドバイソンの処理や素材の回収などをしていればその分だけ馬車との距離は開く。

 どれだけ距離が開こうと追いつくことは不可能ではないが、要求される力や速さも跳ね上がる。


 ルーミアとしても大きな消耗は避けたいところ。

 いかに最低限の力で事を済ませるかという思考によって行き着いたのは足止めという手段だった。


 軽い馬車はそれなりのスピードで進んでいるため、レッドバイソンを完全に撒くだけの距離を確保できれば問題ないと判断したルーミアは倒し切る事を考えずに動くことにする。

 討伐しなくてもいいならば、過度に強化を重ねる必要もない。

 ルーミアは宣言したのは普段はあまり出番のない属性だった。


付与エンチャントウォーター


 黒いブーツを起点に滴り落ちる水。

 纏わせた水を蹴りの動作で撒き散らし、突進してくるレッドバイソンを牽制する。

 とはいえ、一時的な効果はあれど所詮はこけ脅しの水鉄砲。一瞬動きを止めはしたが、むしろ怒りを刺激したようで、遠吠えを放ちながらルーミアにまっすぐ向かってくる。


「――――三重トリプル


 だが、その一瞬を生み出すことがルーミアの思い描いた未来。

 地面が抉れるほどの強い踏み込みと共に、ルーミアの足先から溢れ出した水。

 乾いた地面を瞬く間に湿らせて、どろりとした悪い足場を作り上げる。


 そこに突っ込んでくるレッドバイソンを軽く踏みつけて、ルーミアの作り上げた泥のフィールドに留まらせる。

 重たくまとわりつく泥に足を奪われて、自慢の突進力も見る影もない。

 その状態だけでも十分な足止めとなるのだが、ルーミアはダメ押しの檻を作り上げる。


付与エンチャントアイス――――四重クアドラ


 打ち付ける爪先。

 そこから広がりだす冷気は水分を含んだ地を瞬く間に固めていく。

 それはレッドバイソンの足を縛り上げる氷の枷となり、ルーミアへと向かって突き進もうとするのを阻み、完全に縫い留めた。


「まっ、こんなもんですね」


 必要以上に攻撃を仕掛けることもない。

 最低限の行動で文字通りの意味で足止めを遂行したルーミアは、恨めしそうに低く唸る悲しき獣に背を向ける。


「今日は天気がいいですからね。少し時間が経てば氷も解けて動けるようになりますよ……多分。だから、それまで大人しくしていてくださいね……くしゅん」


 ルーミアの瞬間冷却で辺りは急激に冷え込んだが、高く昇り主張している太陽の光で直にその檻もゆっくりと壊れていくだろう。

 日の光を浴びて自身の起こした水しぶきで濡れた身体をぶるぶると猫のように震わせたルーミアはかわいらしいくしゃみを残して、行ってしまった馬車を追いかけ始めた。

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