第135話 お待ちかねの時間
リリスのオーダーに従って速やかにアレン達をしばき倒したルーミアは、お待ちかねのデートへと移行した。
並んで歩く二人の手は当然のように繋がれ、指もきちんと絡められている。
だが、いつものように甘い雰囲気を漂わせていないのは、リリスの機嫌がよくないからだ。
「リリスさん、怒ってますか?」
「いえ、全然。デートを先延ばしにされた事とか、負けたら実質奴隷になる賭けを勝手にした事とか、全然怒ってませんよ?」
「超絶怒ってるじゃないですか……」
ルーミアは非常識でバカみたいな事を度々するが、頭は回る方だ。特に、戦闘面に関しては正しい判断、分析が行える。
そのルーミアがアレン達との戦力差を分析し、三人がかりでも余裕だと豪語したのだからそれに嘘偽りはないだろう。
それでも、それがまったく心配しない事には繋がらない。
ルーミアは宣言した。
今の居場所はここなのだとリリスの腕を取った。
だが、勝負の結果ではその居場所を手放す事になっていたかもしれない。たとえそれがどれだけ可能性の低いものであっても、ゼロでないならば完全に不安を拭う事はできない。
「まぁ……いいです。きちんと勝ってくれたのでお咎め無しです」
「……いいんですか?」
「ルーミアさんがどうしても怒られたいと言うのなら地獄のお叱り耐久コースにご案内しますが……今日のデートプランはそちらでよろしかったですか?」
「……よろしくありません」
目が笑ってない笑顔を向けられたルーミアは背筋を凍り付かせる。リリスの冗談は時々本気か否かが分からない。
さすがのルーミアといえど怒られて喜ぶ特殊な性癖は持ち合わせていないため、そのようなデートプランはお断りだ。ただでさえ少しばかり削れてしまった至福の時間をたちまち地獄の時間へと変える選択は論外。ルーミアはブンブンと首を横に振った。
「でも……安心しました。ルーミアさんが元のパーティに戻りたいって言ったら、私……困ってしまいました」
「そんな事言いません」
「それはルーミアさんが一人でも戦える強い白魔導師になったからじゃないですか」
ルーミアは活路を見出し、邁進した。
アレン達が停滞している間に、大きく進んだ。
だが、ルーミアもまた止まったままだったら。彼らと同じ足並みだったなら、誘いに乗ってしまっていたのではないか。そう考えたリリスはルーミアと繋ぐ手に無意識ながら力を込めた。
「私を強くしてくれたのはリリスさんです。あの日……私を認めてくれるリリスさんがいたから、私はここまで来れたんです」
ルーミアはリリスの手を握り返す。
もしもやたらればの話は考えれば尽きない。
しかし、大切なのは今、この時。ルーミアがリリスを選んだという変わらない事実。それだけが――それこそが重要だった。
「そもそもあんなゴミみたいな誘い文句でホイホイ着いていくほど私は安くありません。私を仲間にしたいならもっと高待遇じゃないと困ります」
「まあ……あれは本当に酷かったですね。聞いていて本気でルーミアさんに戻ってきてほしいのか甚だ疑問でした。そういえばあの方達はどうしたんですか?」
リリスは外で待っていたため、訓練室での決着がどのように付けられたのか知らない。どうせルーミアが勝つという強い信頼の元、いかに早く事を済ませるかを重視したほどだ。
信じているから見守るまでもない。
そして、ルーミアはその期待に応えですぐに戻ってきた。
「別にいつも通り暴力です。ただ……アレンさんの物言いと顔には腹が立ったので念入りに顔を殴っておきました」
「それはそれは……いい仕事をしましたね」
「しこたま殴ったのでめちゃくちゃ腫れてましたが……治してあげる義理もないので放置してきちゃいました」
えへ、とかわいらしく舌を出すルーミアに、リリスはよくやったと褒めた。
傍で話を聞いていたリリスですらアレンには怒りを覚えていた。そんな彼をボコボコにしばき倒してきたルーミアは極上の仕事をしただろう。
短い制限時間を設けた上での猛攻は何百発にも及び、それらすべてがアレンの顔に吸い込まれた。
ヒナとザックには治療を施したが、アレンには一切の慈悲は無い。
「しかし、結構本気を出してしまいました。まぁ下手に出し惜しみして時間を使うよりマシですか」
「何段階使ったんですか?」
「八です」
「うわ、えげつない……それでずっと殴ってやればよかったのでは?」
「時間が許せばそれでもよかったのですがねぇ……」
「なるほど。早く済ませてとお願いしたいのは私でしたね。ありがとうございます」
「……いえ、私もいっぱいデートしたいので」
耳をほんのりと赤く染めたルーミアは本音を零した。
ルーミアの個人的な感情としてはアレンをもっとしばきたかったというのは多少なりともあるだろう。
だが、リリスとのデートはその感情より優先される。
だから、今は一旦元パーティの事など忘れて気持ちを切り替える。
改めて繋いだ手の温もりを感じ、機嫌の戻ったリリスにルーミアは表情を綻ばせた。
楽しい時間に――彼らが介入する余地は残されていない。それを証明するためのデートは、まだ始まったばかりだ。
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