第157話 逆襲の姫
リリスは身体を震わせながら安堵した。本気ではないがそこそこ威力のある攻撃を肩代わりし、冗談抜きで身が砕ける思いだった。
それを知ったルーミアが精神的に揺らいだのはリリスも分かっている。だから、漏れ出す苦悶の声や表情を抑えて、なるべくルーミアに心的負担を掛け続けないように努めた。
それでもなお、揺らいだ彼女は一番の愚行を犯そうとした。隷属の首輪を着用して言うことを聞くのなら、その交換条件としてリリスの安全が保証される。
優しいルーミアなら、その交換条件にすがってしまうのも理解できた。もし、反対の立場だったとしたら、リリス自身も揺らいでいたかもしれない。
だが、そんな口約束が履行されるはずがないとリリスは理解していた。
止めないといけない。ルーミアがそれを着けてしまうことだけは阻止しなければいけない。それなのに、身体中に走る痛みが声をあげることを許してくれない。
けれど、彼女は思いとどまってくれた。
それがどうしようなく心を温め、こんな状況ですら嬉しくなってしまう宣言だった。
「そうですよ。あなたに首輪を着けるのは私です。他の人に靡くなんて……許しませんよ」
その敏感でかわいらしい首を独占するのは私の権利なのだとリリスは主張する。
それを聞いたルーミアはどことなく嬉しそうに頷いた。
「分かっています」
「ならいいです。私のことは気にせず戦ってください。白魔導師としてのあなたを信用してます」
力なく笑うリリスだったが、強く訴えられたその意図は確かにルーミアに伝わった。
ルーミアの攻撃を受ければ骨の何本かは覚悟しなければいけない。リリスにダメージが押し付けられる正確な条件も不明な今、無傷でいられるはずがない。
それでも構わない。なぜならルーミアは白魔導師だから。破壊だけじゃない。再生も彼女の本領。
治してもらえる保証があるのなら、いくらでも耐えられる。だから遠慮する必要はない。リリスの瞳はそう告げていた。
「交渉決裂か。じゃあ……力づくで着けさせてもらう」
「やれるもんならっ!」
(とは言ったものの……やりにくいですね)
ルーミアが大人しく従わないのなら、戦闘不能に追い込む他ない。本来ならばルーミアに近接戦闘を挑むのは自殺行為なのだが、様々な要素が複雑に絡み合い、ルーミアは思うように動けずにいた。
自らの間合いに臆することなく飛び込み、抜き去った剣で襲いかかるアレンにルーミアは舌打ちをする。
防御や回避は難なくこなせるが、迎撃に出るのには勇気がいる。それでいて、あまり大きく距離を取ることもできない。なぜなら、距離を取ればリリスが狙われるから。
かといって、リリスを先に救出しようとするとそれはそれで大きな隙となり、アレンが妨害してくる。ルーミアは常にアレンに張り付いて、リリスを狙われないように、なおかつアレンに攻撃しないように立ち回る。
「どうした? 自慢の拳は使わないのか?」
「うっさいですね」
「別に俺としては都合がいいから構わんが……あんまりモタモタしてると、死ぬぞ?」
避ける。躱す。受け止めて、受け流して、攻撃を捌く。
一見してアレンがルーミアにいいように遊ばれているように見えるが、実は余裕がないのはルーミアの方だ。
「もっとゆっくりくれば回復してたかもしれないのになぁ……。急いできたのが仇となったな」
嘲笑うように吐き捨てられた言葉がルーミアに突き刺さる。
まるでそうなることも見越していたかのような嘲笑にルーミアはムッと顔を顰めた。
リリスが魔力ポーションなどが詰まっている鞄を残してくれていたから、かろうじて魔力は回復している。だが、攫われたリリスがアレンというヒントを残し、それを受け取ったルーミアが悠長にしていられるはずもない。
いち早くリリスの元に駆けつけるために身体強化は惜しまず使い、リリスの位置に導いてもらうためにアンジェリカへの支援でも魔力を消費している。
そして何より、一人ならすぐに駆け付けられるという理由でルーミアは単独で乗り込んできた。
その結果、対策をされ尽くして、負けるはずがないと舐めていた相手に苦渋を舐めさせられている。突破口が開けず、膠着状態が続くとルーミアの戦う力は尽きる。
(そんなこと、分かってるんですよっ!)
魔力の流れが乱されたことで安易な魔法発動も段階調整も封じられている。魔力が封じられていないのは不幸中の幸いではあるが、ルーミアの繊細な魔法の重ね掛けには大きく影響する。特に肉体の感覚が大きく変化する
「……ちっ、リリスさん! ちょっと痛いかもしれませんが我慢してください!」
「どうぞっ!」
「っと……邪魔なのでちょっとあっちいっててください。おりゃ、ぶっ飛べ!」
ルーミアはアレンの腕を弾き、絡めとるように巻き込んで、遠くに投げ飛ばした。
ほんの一瞬でいい。リリスを自由にする時間を欲したルーミアはアレンを力任せに放り投げ、すぐさまリリスへと向き合う。
リリスを拘束しているのは頑丈そうな錠と鎖。それを破壊するとなるとルーミアも
「いいでしょう。魔力の流れが乱されているというのなら……魔力の奔流で無理やり正してあげましょう。
ルーミア、一か八か本日二度目の
その膨大な魔力を全身に行きわたらせ、リリスを縛る鎖を一瞬で握り潰した。
手首にて主張する錠はまだ残ったままだが、吊り上げから解放されただけでも幾分かはマシだろう。
「リリスさん、なるべく、私から離れないでください」
そう告げて、投げ飛ばしたアレンの方に向き直り、魔力ポーションの瓶を咥える。
内包魔力を失ったのは痛手ではあるが、リリスの抵抗のおかげでまだ戦える。口の中に広がる受け付けない味に、不満を垂れそうになるのを堪えて、無心で流し込んでいく。その次の瞬間――不意にルーミアは空気の塊を吐き出した。
「……かひゅっ……っ?」
不快感と共に喉をせり上がる液体。
こんな緊急時でも飲み込むのに苦労するのかと苦笑いを浮かべながら堪えようとした。だが――溢れだしてきたのは魔力ポーションではなく、口元を押さえ込んだルーミアの手を真っ赤に染め上げた。
「ぇ……?」
それを自覚した時、腹部が焼けるように熱くなるのを感じた。
何が起きたのか分からず、異物感の正体を確認するためにおそるおそる下を見る。
そこには、ルーミアの腹から緑色の刃が突き出して顔を見せており、ぽたぽたと鮮血が滴り落ちていた。
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