第134話 手痛い停滞

「ルーミアさん、分かってますね?」


「分かってます、分かってますから……近い、近いです」


 ルーミアはややお怒りのリリスに壁際まで追いやられ、所謂壁ドンというものを受けていた。

 ドンッと勢いよく壁に叩き付けられた拳、鼻先を掠めるほどに近付くリリスの不機嫌そうな顔。身体も密着しており、リリスの胸が押し付けられているルーミアは、色々と近すぎる彼女に理性をぐらぐらと揺らしていた。


「話はあとで詳しく聞きます。今は……とにかく早く終わらせて来てください」


「分かりましたから……ちょっと離れて……」


 凛々しいリリスの顔と柔らかい身体にふにゃふにゃと力が抜けそうになるルーミアは懇願した。耳元で囁かれ背中をぞくぞくと震わせる。

 このままでは勝てる勝負も勝てなくなってしまう。自信満々にとんでもない賭けをしたルーミアは不甲斐ない結果を残すわけにはいかないのだが、今この瞬間にでも蕩けて不甲斐ない姿を晒しそうになっている。


 目をグルグルと回すルーミアは何とかリリスを押し返して息を吸う。

 深呼吸で胸を上下させると先程まで押し付けられていたリリスの柔らかさと温もりが鮮明となり顔が熱くなる。

 その熱を冷ますようにぶんぶんと顔を横に振り、リリスを見つめる。


「とりあえず……サクッとボコしてきます」


「はい、手短に」


 論点は勝つか負けるかではなく、如何に早く勝つか。危ない賭けでもルーミアが負けるとは微塵も思っていないリリスは、負けた時の事など考えてすらいない。


 その期待は裏切らない。

 ルーミアは火照る頬をパチンと叩いて、決戦へと臨んだ。


 ◇


 王都のギルドは規模こそ他の支部より大きいが、機能的にそこまで違いはない。

 当然、冒険者が利用できる訓練室も用意されてあり、手っ取り早く戦闘を行えるそこが今回の戦場となる。


 訓練室の扉を開けるとアレン達三人が待っていた。

 ルーミアは三人同時に相手取ることになっても余裕だと大口を叩いた。

 それは、ルーミアがこれまで歩んできた成長と進化の軌跡を信じているからだ。


「準備はできていますか?」


「はっ……準備だと? そんなもの必要ない」


「……ま。別にいいですけどね。何か設けたいルールはありますか?」


「それもいい。こっちは三人だ。すぐに終わる。お前こそボロボロになるまで扱き使われる準備をしておくんだな」


(……たった三人ですからね。そりゃすぐ終わりますよ)


 ルーミアはアレンにルールの確認をする。

 この模擬戦に置いてどうなったら勝ち負けが決まるのか、反則行為はあるのかなど、せめてものハンデとして彼らに決定権を委ねた。

 だが、ルーミアを欠陥白魔導師と舐めきっているアレンはその慈悲を無下にする。


 傍から見れば三対一のアレン達が有利の勝負。

 勝敗も既に決まったようなものだと思っているアレンは余裕綽々でルーミアの処遇を考えるほどだ。


 だが、たった三人。

 ルーミアからすれば少なすぎるところもいいとこだ。


 質でも、量でも、ルーミアは修羅場をくぐってきた。

 もっと強い相手と戦った。もっとたくさんの相手と戦った。

 普通の白魔導師ではあり得ない経験をし、ルーミアはここまで強くなってきたのだ。


(悪いですが格が違います。止まったままのあなたたちでは相手になりません)


 邁進したルーミアと停滞したままのアレン。

 その間に確かに存在する格の違いを今こそ見せつける時。


「じゃあ、相手に降参って言わせるか、気絶などで行動不能に追い込んだら勝ちってことでいいですか?」


「それで構わない」


「先程から黙っていますが、お二人もそれでいいですか?」


「……ああ」


「……はい」


 ルーミアを舐めきっているアレンとは少し様子が違う。

 その表情はやや警戒しているようにも見える。

 それを感じ取ったルーミアは少しばかり感心するも、それでも意に介することはない。


「ルールは……それくらいですかね。武器も使ってもらって構いませんし、基本何をしてもいいってことで」


「ああ……お前を死なせないように気を付けてやらないとな」


(それはこっちのセリフです)


 これはあくまでも模擬戦。

 殺しは厳禁というのが暗黙の了解だ。


 それでも、武器の使用を認めるため、当たり所が悪ければ万が一もあり得る。

 ルーミアを支配下に置きたいアレンは、どう手加減して降参という発言を引き出すかを考えている。

 その思考の根底にあるのは、ルーミアは所詮白魔導師。


 直接戦闘には向かない支援職。

 できることは何もない。

 だから、痛めつけて心を折り、支配する。

 その瞬間がもうじき訪れるのだと、見当違いも甚だしい事を脳裏に描いている。


「じゃあ、始めましょうか。合図を出すのも面倒なので……好きに始めてもらって構いませんよ」


「そうか……ならそうさせてもらおう」


 ルーミアがそう告げると、剣を抜いたアレンが単身で突っ込んでくる。

 欠陥白魔導師相手に、連携など必要ない。自分一人でどうにでもなると思ったのだろう。


 ルーミアにとって三人は数としては多くなく、むしろ少ない部類に入る。

 三人が協力したところで結果はあまり変わらないだろうが、まさか単身で挑まれるとは思いもしなかったルーミアは一瞬虚を突かれ、驚いた表情を浮かべる。


 だが、それも束の間。

 驚きは呆れへと変わり、ルーミアはすべてを終わらせる宣告を行った。


「デートの予定が押してしまっているので十秒で終わらせます。身体強化ブースト八重オクタ重量軽減デクリーズ・ウェイト三重トリプル付与エンチャントウィンド――九重ノーナ


 リリスとのデートが控えている。

 故に――時間は掛けない。ルーミアは地獄を見せる時間を宣言し、それに従って暴風を巻き起こした。

 ゴオッと訓練室内部に爆風が起こり、鈍い音と悲鳴が何度も響き渡る。


 誰もルーミアの世界に着いて来れないままに、十秒という時間があっという間に過ぎた。


「……さ、ぴったり十秒。それがあなたたちの絶望までのタイムです……って誰にも聞こえてないですねぇ」


 纏う魔法を解除しながらルーミアは訓練室から出て行った。

 その際の余韻でキィと音を奏でた扉の向こう側には、瞬く間に意識を刈り取られたザックとヒナ、そして――これでもかというほどに顔面が腫れあがったアレンが三人揃って地面に並べられていた。

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