第40話 弱攻撃連打

 ルーミアの暇つぶしも失敗に終わり、がっくりと膝を落としていると悲鳴を聞いたアッシュ達が近寄ってくる。


「ルーミアさん、どうしたんですか……ってそれ、グリーンスライムですか?」


「間違って倒しちゃいました。こんなはずじゃなかったのに……」


「倒して落ち込んでる……? どういうこと?」


「僕にも分かりません」


 何か非常事態が起きたわけではないと安心したアッシュ達だったが、ルーミアにとっては非常事態そのもの。

 魔物を倒して落ち込むがどうして繋がったのか分からず互いを見合わせて首を傾げるシンとノルン。


「うう、力加減を間違えるとこうなるんですね……。あっ、そちらの魔石でよければ差し上げますよ」


「あっ、ありがとうございます。でも、そういうのってよくある事じゃないですか?」


「よくある?」


「はい。俺達も現物納品の魔物を損傷しすぎて認められなかったこととかありますし……元気出してください」


 討伐依頼はただ討伐さえ証明できればいい依頼と討伐対象の納品も求められる依頼がある。後者の依頼ならば強い攻撃などで討伐対象を損傷させすぎてしまうと依頼達成が認められないものがあるため気を付けなければならない。


 経験を積めば魔物の耐久度や自身の攻撃力などの兼ね合いを感覚で理解することもできるが、新米の冒険者にとってはありがちなミス。そのことを引き合いに出してルーミアを励ますアッシュだったが、それとこれとは話が違う。スライムを物理攻撃で強引に破壊して気を落とすのとはまた違った話なのだが、ルーミアにアッシュの励ましは響いたようだ。


「そうですよね……! これは不慮の事故です。次から気を付ければいいんです……!」


 謎の開き直りを見せつけるルーミア。

 何を気を付けるのか甚だ疑問ではあるが、表情に明るさが戻ったのは良しとするべきだろう。


「アッシュさん達もそういうのってあるんですか?」


「最近は少なくなってきましたがそれでもやっちゃうときはやっちゃいますね……。シンとノルンも成長しているので見極めは大事ですかね」


「依頼を選ぶ段階で弾くという手もありますが、そうもいかない日もありますからね……。慎重に攻撃しなければいけないのは結構大変ですよ」


「ルーミアは? 明らかに威力過剰だと思うけど」


 アッシュの言うよくある出来事についてルーミアは尋ねる。

 気を付けていてもやる時はやる。意識していても余裕がない時はついやってしまうのだという。

 経験の少ないパーティだと立ち回りも難しいようで、そもそもそういう依頼を弾くという方法も時には必要らしい。


 そこでノルンがルーミアに切り返した。

 ルーミアの攻撃力は素人目で見ても一目瞭然。かなりの高さを伺える。

 そんなルーミアはどうなのだろうという疑問も当然。自身に問いが戻ってきた彼女は自信ありげに口を開いた。


「重さを意図的に軽くした弱攻撃を覚えたので抜かりはありません」


「そうなんだ……って、あれ……スパークラビットじゃない?」


「あ、本当ですね。では、お見せしましょう。私だって壊さずに魔物を倒せるんですよ」


 盗賊団捕獲依頼にて編み出した風神モード。

 重さを無くし速さに振った連続攻撃スタイル。これを消耗を少なくして応用できればむやみやたらな破壊を生まず、魔物を倒すこともできるだろう。


 それを語った時、偶然だがノルンがルーミアの依頼対象のスパークラビットを遠目で発見した。

 ノルンの視線に合わせてそちらを見た瞬間、ルーミアの纏う雰囲気はお遊びモードから戦闘モードへと移行した。


 また、自分の編み出した魔物を壊しすぎない討伐スタイルをお披露目できる機会に少しだけ気分が高揚したルーミアはいつも通り、高らかに、魔法行使を宣言した。


身体強化ブースト四重クアドラ重量軽減デクリーズ・ウェイト二重ダブル付与エンチャントウィンド――――ッ!」


 スライム蹴り飛ばすためだけの一瞬の強化ではなく、少しだけ長い時間を行動し続けるためにやや効力を落とした弱・風神モード。しかし、重さを捨てて軽さと速さを得たルーミアのスタイルはそれだけで大きな力を秘めている。


 ルーミアの戦う姿をまた見ることができるといわれたとおりにしかと目に焼き付けよう。自分達よりランクが上の冒険者の戦闘から学べるところは学ぼう。そう意気込んでルーミアを見つめていたアッシュ達だったが、次の瞬間目を疑った。


「え……消えたっ?」


 そう思わせるほどの高速移動でかなり離れていたスパークラビットとの距離を一瞬で潰した。突如現れた襲撃者にスパークラビットも驚いて、頭についた小さな角を光らせる。刹那、バチバチと紫電が迸り、ルーミアの華奢な身体を襲い掛かった。


 だが、ルーミアはそれに反応してみせた。

 ほぼ勘と言っても差し支えない。その攻撃範囲を予測し、背後に回り込んだ。


 そのままの勢いでその小さな身体を蹴り上げる。

 宙に浮かび上がったスパークラビットだったが、再度角を光らせ紫電を放つ。

 だが、当たらない。一度目と違い二度目のそれは見てからの反応が間に合った。


 すべてを躱し、着地しようとするスパークラビットへと肉薄、拳を叩き付ける。

 飛んでいくそれに追いついて、蹴る。追いついて殴る。蹴り上げたそれの落下に合わせてルーミアも飛び上がり、回転の勢いを加えた踵落としを放つ。


 小さな悲鳴は地面を抉る音で打ち消された。

 軽やかに着地したルーミアの足元には地面にめり込んだ状態のスパークラビットの姿があった。


「逃げ足が早いって言ってもその自慢の足が地面についてなければ何の意味もないね」


 いくら逃げ足に定評のある魔物といえど、空中機動ができない以上あまりにも無力だった。

 宙に放り出され逃げの一手を完全に封じられ、唯一の反撃手段も攻略されたスパークラビットはルーミアの連続攻撃でなすすべくなく刈り取られたのだった。


「どうですかー? ちゃんと見ててくれましたかー?」


「えっ……その、ルーミアさんの動きが速すぎて全然目で追えなかったです。すみません」


「僕もです……」


「同じく」


「えっ、そんなぁ……」


 残念ながらルーミアの活躍の姿は誰の目にも留まらなかったようだ。

 ルーミアはまたしてもがっくりと膝を落とすのだった。


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