第166話 告白のやり直し

 リリスに捕まったまま身動きが取れなくなったルーミアは、リリスの温もりや匂いに包まれてだらしなく頬を綻ばせていた。


「……なんですかこのかわいすぎるリリスさんは。もっと好きになってしまいそうです」


 ルーミアの肩に顎を乗せてすぅすぅと寝息を立てるリリスは心の底から安心しているのかとても気持ち良さそうにしている。そんな彼女の様子にルーミアは悶えながら、ニヤニヤと身体を震わせている。


 しかし、そんな独り言に反応したのか、リリスの身体がピクんと跳ねた。肩にかかる重みがなくなり、リリスが頭を起こしていく。


「……そういえば有耶無耶になっていましたが、今ので思い出しました。なんですか、あの百点満点中マイナス五百点くらいの告白は」


「酷いっ。寝起きとは思えないくらいキレッキレに辛辣ですね」


「嫌なら……告白、やり直してください」


 ルーミアの『好き』という言葉に反応したリリスは、回りきってない頭で最大級の罵倒を繰り出した。

 リリスにとってトラウマになりかけていたその光景。ルーミアを離れ、彼女がこうしてリリスの前に再び姿を見せるまでは何度も夢に見た――悪夢。


 今わの際での想いの吐露。まるで呪いのような告白。言いたいことだけ言って、返事は受け付けない傲慢さ。その上、さらに約束で死後も縛ろうとするなんて、リリスにとっては拷問のようなものだった。


 そんな悪夢から解放された今、清算しなければいけない。

 あの時のやり直し……もとい、時間制限のせいでなし得なかった告白の続きを要求した。


「え、えぇー……改めて告白するの恥ずかしいのですが」


「別にいいですよ? ルーミアさんはゴミみたいな告白しかできない意気地なしだって後世に語り継ぎます」


「なんの嫌がらせですか?」


 ルーミアの告白は、命が枯れる前になんとか想いを伝えたいという願いの元絞りだされた、いわば本能のようなものだった。

 正常な状態でないからこそ言葉にできることもある。普段ならば恥ずかしくて言えないことも、最後だから言葉にできた。ルーミアの告白はそれと似たようなものだった。


 だからこそ、この正常な状態で改めてやり直しというのは、中々に羞恥心を刺激する。ルーミアは恥ずかしさがこみあげてきて身体を震わせて、リリスの膝上から逃げようとするが、回された腕が離してくれず逃げられない。


「あの……離してほしいのですが」


「なんでですか?」


「告白するなら……ちゃんと顔を見てしたいじゃないですか……」


 耳の先まで真っ赤に染めて小さく呟いたルーミアの不意打ちにリリスは胸が高鳴るのを感じた。

 実のところ、ルーミアが想いを伝えたあの瞬間、ルーミア自身はあまりリリスのことをはっきりと視認できていなかった。ぼんやりとした視界で、使命感のようなものに駆られて言葉を紡ぎ、リリスの泣きそうな反応を耳で捉えていた。


 そう考えた時、もしやり直しができるのなら、きちんと顔を見て、想いを伝えたいと思った。本来ならば早々訪れることのない機会だが、リリスがそれを望んでいる。

 ルーミアは緩んだ腕からするりと抜け出して、リリスに向き合うように立つ。


「え、えっと……改めて言おうとするとなんか緊張しますね」


「……こっちまで緊張してきました」


「リリスさん、顔真っ赤ですよ」


「ルーミアさんこそ、人のことを言えないじゃないですか」


 見つめ合う二人はもうすでに蕩けている。

 今更告白が必要なのかも疑わしい甘い雰囲気ではあるが、乗り越えるための通過儀礼のようなものだ。


 息を吸って、リリスの顔を正面から見つめる。

 火が吹き出しそうなほどに熱く感じながら、ルーミアは意を決して口を開いた。


「リリスさんには、いっぱい悲しい思いをさせました。それに関して言い訳はしません。全部私が悪いです」


 たくさん泣かせて、たくさん悲しませた。

 後悔もさせた。リリスの心が壊れてしまわなかったのは、彼女が強かったからだ。


 ルーミアは、自分自身はもっと責められるべきだと思っている。

 もしあのままルーミアが終わりを迎えていたら、リリスはルーミアを終わらせた罪を背負うことになっていた。見捨てた罪も重ねられた。


 それがどれだけリリスを苦しめることになるかは容易に想像がつく。

 なぜなら、立場が逆ならルーミアも同じように思うから。


「リリスさんを苦しめてしまった私がこんなこと言うのもおかしな話ですが、あの時言ったことは心の底からの本音ですし、気持ちは今も変わってません」


 『大好き』。

 この想いに嘘偽りはない。

 それだけ惹かれていたから、何がなんでも助けたくて、守りたかった。


 リリスを生かし、自らも生き延び、こうして再び共にいられる。

 もう一度、想いを伝えるチャンスを得たルーミアは、飾らずに告げる。


「好きです。大好きです。世界で一番……愛しています」


 真っすぐに、その想いを言葉に乗せて。

 またしても涙を流すリリスだったが、不満はなかった。

 なぜなら、それは嬉し涙だったから。


「『生きて、幸せになってください』。これはルーミアさんにお願いされてしまったことです」


 ルーミアはリリスを生かすために、保留にしていた権利を使った。これによって、リリスはルーミアのお願いを、どれだけ辛いものだとしても受け入れなければいけなかった。


 リリスは一度、ルーミアの告白に対して答えを出した。

 だが、一緒に逝くという選択をルーミアはゼロ点と切り捨てて、受け入れなかった。


 その上で、最後にルーミアに告げられた『生きて、幸せになってください』という願い。

 ルーミアのいない世界に生きることを余儀なくされたリリスにとって、この願いは呪いだった。


 それを今、祝福に昇華させる。

 リリスは涙をぬぐい、ルーミアを見つめた。


「私はこのお願いをちゃんと守って生きました。何度も後追いしようと思いましたが、この約束があったから耐えられました。でも、もう片方のお願いは私だけではどうにもならなかったんです」


 『生きて』という願いは約束の履行をもって遂行した。

 色の無くなった世界に価値を見出せずに、ルーミアの後を何度も追いそうになったリリスだったが、この呪いがリリスの死を縛った。


 だが、『幸せになる』という約束はきっと果たすことができないと思っていた。

 そう、思っていた。過去形だ。


「でも、今ならその約束を守れます。ルーミアさん……私の幸せにはあなたの存在が絶対に必要です。責任取って……ちゃんと幸せにしてください」


 指を絡めて、引き寄せる。腕を回して、抱き寄せる。

 潤んだ瞳を逸らすことなく見つめ合い……不意に唇は重なった。

 もうこれ以上、言葉は必要ない。幸せに満ち溢れるこの一瞬が、彼女達の未来を確かに示していた。

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