第107話 意地悪の代償
その後、衣服を纏い直したルーミアはリリスの正面で綺麗に背筋を伸ばして正座をしていた。
怒っているという訳ではないが、酷く辱められたリリスは未だに熱を帯びた冷めやらぬ顔を真っ赤にして、ルーミアを半目で射抜いている。
「何か言うことはありますか? 一応聞くだけ聞いてあげますよ」
「……熱っぽい視線でジロジロ見てくるリリスさんが悪いと思います!」
「なるほど……私のせいですか」
このような暴挙に及んだ言い分をルーミアに尋ねるリリスだったが、彼女の見せる開き直りに呆気を取られる。
だが、ルーミアの言い分にも一理あるだろうとリリス自身が認めてしまっていた。
どれだけ言い繕おうと、ルーミアの扇情的な姿な変な気を起こしたのは事実だった。
「まあ、それは私も悪かったですが……だからってこんなところで脱ぎ散らかす事ないじゃないですか。本当に恥じらいというものを何処に置いてきちゃったんですか?」
「えー、普通に着替えようと思っただけじゃないですか」
「女の子は普通ここで着替えようとしません」
「私に常識は通用しませんっ!」
「……ドヤ顔で胸を張らないでください」
非常識を咎めたいところだが、何を言っても無駄であろうか。リリスは目の前で得意気な顔を浮かべる少女に呆れて、もう怒る気力も湧かなかった。
「ところで……何でまたメイド服を着てるんです?」
「何でって……リリスさんが投げつけてきたのがこれだったので」
「……どうして旅行にメイド服を持ってきてるんですか?」
「私服なので」
今更ではあるが、リリスは目前に鎮座する少女の装いに怪訝な目を向ける。
色白で艶かしい肌とそれを際立たせる大人っぽい黒色。そんな目のやり場のない姿を何とかしようと特に確認することもなく鞄から引っこ抜き、投げつけた衣服。それが偶然にもルーミアのお気に入りであるメイド服だった訳だが、旅行の荷物になぜその装いが紛れ込んでいるのか疑問にリリスはまたしても半目でルーミアを見る。
しかし、その顔を見つめていると先程の光景が思い起こされ、思わず目を逸らしてしまう。
意地悪な表情で迫ってくるルーミアの顔が脳裏をよぎり、収まりかけていた鼓動が再び激しくなるのを感じた。
(うぅ、まともに顔を見れません。この変態痴女……顔が良すぎます)
「あ、足が痺れてきたのでそろそろ普通に座ってもいいですか?」
「……はぁ、好きにしてください」
リリスの心情などお構いなしにルーミアは呑気に声を上げる。反省の色が見られない彼女にその姿勢を強いるのは無駄な事だと諦めたリリスは小さくため息を零した。正座を解いて楽な姿勢を取ったルーミアは足を伸ばしてだらしなく座席に転がった。
「ちょっと、はしたないですよ。スカートなんですから足をばたばたさせないでください」
「えー、別にいいじゃないですか。それとも……ちらっ」
「……もうその手には乗りません。ルーミア、痴女、どこでも脱ぐ、私覚えた」
「何でカタコトなんですか。というかどこでもは脱ぎません」
衣服がメイド服にチェンジされたことでルーミアはフリルのスカートを履いている。それが彼女の足の動きに合わせてふわりと舞い、白い太腿が顔を見せる。
それを咎めるリリスだったが、自由奔放なルーミアは聞く耳を持たない。平静を何とか保って小言の述べるリリスだが、まだ耳は少し赤くなっており、それを見逃さなかったルーミアは懲りずにからかってやろうとスカートをたくし上げるフリをした。
一瞬息を飲んだリリスだったが即座に真顔になる。そう何度も同じ誘惑にひっかかる訳にはいかないという意志の現れだろう。ルーミアがそういうことをすると認識し適応する。彼女の非常識に適応するのはこれまで何度もやってきたことだ。
内心はともかくとして表には出さないように努めるリリスにルーミアは面白くなそうな反応をして、持ち上げていたスカートの端を手放した。
「まあ、今はこれくらいにしておいてあげます」
「……本当に身の危険を感じました。宿は別々の部屋を取りましょう」
「リリスさん、まさか忘れましたか? 私、宿の扉くらい簡単に破壊できるんですよ?」
「壊して侵入してくる前提で話すのやめてくれませんか? 修繕費用がかさんじゃうじゃないですか。無駄遣いしないでください」
貞操の危機を感じたリリスが顎に手を当てて考える素振りを見せる。
宿泊の際には費用を抑えるために同部屋を予定していたが、それはまさしく猛獣の檻に無防備な状態で飛び込むのと同義なのではないかと疑問が湧き、確信に変わろうとしている。
そのため、予定を変更して別々の部屋を取ろうとするリリスだったが、それだけではルーミアを完全に遠ざける事は叶わないだろう。壁や扉などの空間を隔てるものも、ルーミアにとってはいつでも取り除ける脆いもの。当然のように破壊を宣言するルーミアの曇りない笑顔にリリスは表情を引きつらせた。
自宅ならばともかくとして公共の施設を破壊して侵入を試みようする危険な思考にドン引きするリリス。だが、彼女ならばやりかねないというある意味での理解があったためかそれほど驚きは大きくない。だが、驚かないことと、それを受け入れるのではまた別の話だ。
「えー、嫌です嫌です嫌です! 一緒の部屋がいいです!」
「いえ、分けましょう」
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだっ。絶対に嫌ですっ!」
「駄々こねないでください」
「分かりましたっ! 次から襲う時はちゃんと事前に言いますからっ! これでどうですかっ?」
「……まぁ、事前にきちんと申告してくれるならいいか…………とはなりませんからねっ!?」
「えっ? ダメなんですか?」
「……いや、普通にダメでしょ」
「じゃあ……私はどうすればいいんですか?」
「知りませんけど?」
ルーミアにとっては妥協案としての提案もリリスにとっては何一つ状況に変わりはない。何故それで押し切れると思ったのか小一時間問い詰めたいと思うリリスの素っ気ない態度に、ルーミアは絶望を体現するかのように膝から崩れ落ちた。
「うぅ、もう終わりです。今からお家に帰ります」
「ダメです。アンジェリカさんとの約束はどうするんですか?」
「……そういえばそうでした。
「無理ですけど? 私の身体が爆散します」
本来の目的すら放り出して帰宅を試みるほどに投げやりになったルーミア。
大会の出場は諦めてリリスに託そうとするも、リリスもまたそんなことされても困ると拒否した。
(とりあえずまだ決定ではないですが……ひとまず別々にするのが無難そうですね。こうも駄々をこねられると若干心苦しいですが、悪いのはルーミアさんです)
たかが同部屋。されど同部屋。
散々悪戯と辱めを受けて警戒心を引き上げたリリスは中々首を縦に振らない。
ルーミアの意地悪の代償。それは随分高くついてしまったようだ。
(何か呻いてますが何も聞こえません。さっ、色欲エロメイドは放っておいて景色でも楽しみましょう)
その結果、床に這いつくばって呪詛のような声を上げるメイド少女が爆誕した。
彼女は時折顔を上げてはリリスの様子を窺ってる。
しかし、上目遣いのルーミアと目を合わせてはまたいいように絆されてしまうかもしれない。リリスは見て見ぬふりを徹底して、窓の外の景色に視線を向けるのだった。
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