第106話 騎士団
「まさか本当にフリだったとは……」
「うふふ♪
あのコなりの気遣いなのよ、きっと。
昔から不器用ですからね」
そうなのか?だが、おかげで希望が見えてきた!あとは準備するだけ、今晩にでも早速しなきゃな。
「あら、でもコムギちゃん1人じゃ行けないわよ?」
「へ?」
「密約に絡めて、帝国の人間が彼らの里に入るには『一定以上の役職』が無いと入れないのよ。信用第一ですからね」
「そ、そんな……オレだけじゃ無理なのか……」
残念な情報にガックリと膝を落とす。
何かイイ手は無いものか……。
「まぁまぁ。気を落とさないことね。
じゃワタシはここで♪
今度あなたのパンをご馳走してね、それじゃ♪」
ウインクを飛ばし、笑みを浮かべ手をひらひらと振りながら去っていくカマさん。
役立つ話を聞けたのは良いけど、どうしたものか……。
◇◇◇
うーん……と腕を組みながら悩み歩き、気付けば騎士団専用棟に着いていた。
ここは宿舎、訓練場、作戦室を兼ね備えた場内でも特殊な場所。これといった接点がある訳でもないタイガー騎士団長に呼び出されたのだが、一体何の用だろう?
「もしかしてコムギ殿ではありませんか?」
「はい……?
――あれ、確かあなたは……斥候さんですよね?」
「そうです!
まさか覚えててくださるとは光栄です!」
そんな大袈裟な……。
だが確かに彼の顔は覚えている。こないだの行軍で最前線に常にいた斥候さんだ。あちらこちらを走り回り奮闘していたから印象に残っている。
「申し遅れました。
自分は斥候隊のパシェリと申します。
いやぁ、まさか英雄コムギ殿にこうして再びお目にかかれるとは……‼」
「ど、どうも……。あの英雄って何の話ですか?みんな噂してるっぽいのはわかるんですけど、詳しくは知らなくて……」
「そうなんですか⁉
今や帝国中その噂でもちきりですよ、『英雄と少女』の噂は‼‼」
……なんだ、その本のタイトルみたい噂は……。聞く前からイヤな予感しかしないぞ。
「話の内容としてはこうです。
――危険な魔物に襲われていた無垢な少女を守ろうと自らの危険を顧みず奮闘する皇帝陛下。しかし魔物は強大、もうダメだと誰もが思ったその時!
天から舞い降りた英雄が魔物を見事に退治し、助けた皇帝陛下には忠誠を誓い、未だ恐怖で立ち上がれない少女は優しく抱きかかえ介抱を。さらには食糧危機に瀕する帝国民には英雄自ら振る舞った、異次元の美味しいパンで救いの手を差し伸べた。
――というコムギ殿を賛辞する内容ですな。
実際に見てた私共が一番驚きましたし、話を聞いた民衆の間でも人気がすごいらしいですよ‼」
「へ、へぇ〜……そ、そうなんだ……。
(どう考えても情報操作されてる気がするぞ……)」
絶句するしかない脚色された噂の内容に冷や汗を流しながら本来の目的を思い出し、パシェリさんに騎士団長の所在を確認する。
「団長ですか?でしたら屋外訓練場にいますよ、今から私も向かう途中でしたので、どうぞ御案内致します」
パシェリさんに先導してもらい、長い廊下を歩いていると何人か兵士達とすれ違う。
驚いたのは皆一様に脇に避け、道を空けるのだ。パシェリさんを見るなり、慌ててペコリと頭を下げ敬礼しながら。
同行しているオレにもジロジロと鋭い視線を向けられるのがわかる。
「……すれ違う皆さんの態度から察するにパシェリさんて、もしかして結構良い立場だったりします?」
「ハハハ、まさか!
私はただの使いっ走りですよ」
……いや……そんな事ない気がする。
兵士らから向けられた目には、尊敬と憧憬、少し畏怖を感じられた。
「着きましたよ、こちらが屋外訓練場です」
「「「うおおおおおおぉぉぉぉ‼‼‼‼」」」
屋外に繋がるドアを出ると青空の下、広々とした訓練場では迫力ある実戦を意識した組手が繰り広げられていた。50人程いる兵士達は鬼気迫る表情で鍛錬に打ち込んでおり、その泥臭くも懸命な姿は素人ながらに、格好良いな、と感じた。
「え〜と……騎士団長は、と……あ、いました。ちょっと待っててくださいね?」
そう言うと、パシェリさんはタイガー騎士団長の側に駆け寄り報告する。少し離れているに聞こえるくらい声を張り上げているのは騎士団の決まりでもあるのだろうか?
『タイガー騎士団長‼
お客様です。コムギ殿をお連れしました‼‼』
『うむ、ご苦労であった!』
『はっ‼』
報告を終えた2人は揃ってドアの脇に立つオレの方に駆け寄って来た。――オレを視認するなり訓練の手を止めた兵士らも一緒に伴って。
「コムギ殿、お待たせ致しました。
本日はお呼びだてして誠に申し訳ない!」
堂々たる立ち姿に負けない迫力ある大きな声で謝罪するタイガー騎士団長。
タイガーという名前に恥じない、いかにも強者という威圧感と戦闘の邪魔にならないギリギリのバランスまで鍛え上げられた筋肉に圧倒される。
彼としっかり話をする機会は中々無かったから新鮮に感じられる。
「いえいえ、お気になさらず。
迫力ある訓練でしたね、格好良かったです」
「ハハハ、コムギ殿にそう言われるとは恐縮ですな。皆、貴方に刺激され奮起しているのですよ。
我ら騎士団一同、あの魔物に手も足も出ず、不甲斐なかったですからな……」
最初の盛り上がっテンションはどこへやら。尻すぼみになる言葉に彼等はどんよりとした沈んだ空気になる。さすがにフォローしなければ。
「ま、まぁ、あれはたまたまですよ。
皆さんがいなければ魔物退治も食糧の収穫も上手くいかなかったのは間違いないんですから。不甲斐ないなんて負い目を感じる必要、全然ないですよ!」
「ありがとうございます、そう言って頂けるだけでも少し救われる気がします。
実は今日お越し頂いたのはコムギ殿にお願いがありまして……」
「はい、なんでしょう?
オレに出来る事なら協力しますけど……どういった内容ですか?」
「本当ですか⁉
……実は私も含め、うちの部下らもコムギ殿にすっかり憧れまして……。
よろしければ貴方の実力を改めてしっかり拝見したいのです!
あと、私にパン作ってください‼‼」
「団長‼抜け駆けしないでください‼」
「職権濫用だ!皇帝陛下に言いつけますよ」
「自分もコムギ殿のパンを食べたいです‼」
「い、いくら払えばいいですか⁉」
「キサマら、団長たる俺が先にキマっとるだろう、順番だ順番!」
「「「「「ふざけんな‼‼」」」」」
途中までは良かったのに、最後の一言が良くなかったのか、和やかな雰囲気を一変させる程の、ギランッと殺気を込めた視線と抗議の怒号がタイガー騎士団長の背中に突き刺さる。
挙げ句の果てには、ぎゃあぎゃあ、と大の大人達がパンを巡って取っ組み合いのケンカを始める眼前の光景に乾いた笑いしか無い。
(しかしどうしよう、殺気だったプロの戦闘員達のケンカをパン屋のオレが止められる訳ないぞ……)
「――これは一体なんの騒ぎでありますか⁉」
喧騒を切り裂く、可愛らしくも覇気を帯びた声。脇のドアから飛び出しオレの斜め前で仁王立ちするその声の主は、女性らしくなりつつある少しくびれた腰に両手を当て、静かな怒りと共に鼻をふん、と鳴らせた。
彼女、リーンは怒りで視野が狭くなっているのか、オレに気付かず説教を始めた。
「栄誉ある帝国騎士団の精鋭が、訓練中に何を騒いでいるんですか‼
しかも団長も一緒になって騒ぐなんてみっともない……。
いいですか、アタシ達はもっともっと鍛えて強くならないといけないんですから、真剣にやってください!
そんなんじゃコムギさんに笑われますよ‼」
ガァーッと一息に屈強な男連中を叱りつけた少女は、天使の様な可愛らしい見た目からは想像出来ない程に凶悪な殺気を放ち男達を震え上がらせる。
「鍛え直そうと訓練に参加しているのになんなんですか、もうっ⁉
――大体、昔からいつもいつも目を離すと……クドクド……」
意外とオカンみたいな一面もあるんだな、としっかりした姿を見せる彼女に感心していると、いつの間にか青褪めた顔で少女に正座で叱責されている団長以下の騎士団長連中。端から見るとシュール極まりない。
(これでいいのか……帝国騎士団……)
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