第12話 能力の発現

 職業ジョブ『パン職人』を授かったは良いけど、何が変わるんだろ?

これからどうしたらいいのかな⁇

 たしか職業ならではの特性が強化されるんだっけ?パン屋だと何があるかなあ……。


『湿温度管理』

『空調管理』

『重量管理』

『衛生管理』

『時間管理 』


 あとは『体力、体調管理』かなぁ⁇

大事なことはこんなもんかな?

でも当たり前すぎてピンとこないな。


―――に――を授けます


うん?なんだ、頭の中で何か聞こえた様な――⁇


[あなたに天啓を授けます、よくぞこの霊峰の祠まで辿り着きました]


――へ?


[これよりあなたは『パン職人』として生きていくのです]


――アンさんの声じゃないな。

威厳のある、しかし優しさや温かみのある女性の声が頭に響く。

いや……、オレもうパン職人なんですけど。店もすでに持ってるし……。


[…………え⁇]


――いや、だからすでにパン職人なんですけど。『ベーカリー・コムギ』の店長やってます。


[そんな、バカな……まさか貴方はオクリビト……⁉]


――オクリビト?何それ⁇


[異世界からこの世界に転移した者を指す言葉です。まさかもう300年経ったとは、早いものです……]


――いやいや、もしもし⁇

全く意味がわからないんですけど。


[貴方は世界のサイクルに選ばれたのです。

異世界の知識を持つモノが異世界を救う。

そう運命づけられたのがオクリビトです。

貴方は『パン職人』としてこの世界に変革をもたらす者として選ばれたのです]


――ずいぶんと大袈裟な話だなあ……。


[これから貴方に『パン職人』として生きていく上で大切な能力を授けます。

そしてオクリビトである貴方には特別な能力が与えられますが、先程貴方が思い浮かべた内容で本当に宜しいですか?]


――え、あ、はい。

それでお願いします。


[ではそのように――……はぁっ‼]


――なんだ?

身体がほのかに温かくなって、身体の中から力が漲る様なこの感覚は……‼


[これで貴方に相応しい能力が宿りました。オクリビト、コムギさん。

どうか――この世界をよろしくお願いします――………]


――え、ち、ちょっとまだ聞きたいことが……⁉


 だが女性の声は聞こえなくなってしまった。

なんだったんだ、さっきのは⁇

不思議な体験だったが間違いなく、力が漲るのを感じる。

せっかくだ、試しになんか能力?を使ってみるか?


 まずは『湿温度管理』をイメージしてみるか。ちなみにパン作りにおいて、この意識を大事に持つか持たないかがプロと素人を分けると言ってもいい重要なポイントだ。

 湿度がなければ生地が乾燥してふわっと仕上がらないし、焼き色も付きやすくなってしまう。逆に多すぎると生地はダレてしまうし、綺麗な色ツヤがでない。


 温度も同じだ。

パンの中には酵母といわれる細菌が美味しくなる手助けをしている。

 酵母は生き物だ。だから暑くても寒くてもダメ。生き物にはちょうどいい快適な温度というのがあるのだ。


 そんな事を考えていると、なんだか心なしか身体がポカポカと温かくなってきた。

 もしかして……いや間違いない。

凍えそうに震えていたが冷えがなくなった⁉

汗をかかないまでも身体が非常に温かい‼

――よし!これなら。


「アンさん」


「はい、コムギさん大丈夫ですか?

さっきまでボーッとしてましたけど……⁇」


 どうやら先程の女性の声はオレにしか聞こえなかったらしい。そして返事をしたアンは唇を紫にしながら座りこんでいた。

頬も血色が明らかに悪い。

全体的に青白く、目も少し虚ろで少し震えている。


「大丈夫?ちょっとごめんね――」


「は、はい……⁉」


 オレも座り込み、アンさんを優しくぎゅっと抱き締める。これで少しでも温かくなってくれれば良いのだけど。


「え、ええっ⁉⁉

い、いきなりなんですかぁっ⁉

こ、こうゆう事はちょっと手順を踏んで……――て、あれ……⁇

コムギさん……なんだかスゴくあったかい、ですね?」


 アンさんの顔色が少しずつ良くなり、唇に頬も薄桜色の健康的な色になった。

むしろ彼女の顔は紅潮し、身体も緊張して硬直している。


しまった……‼⁉


「ごごごごご、ごめん!

急に!悪気はないんだ⁉

いや、ほら、寒い時には抱き合うと温かくなると聞いたしさ!」


「いいいいえ、いいんです……(ドキドキ)」


 互いにどぎまぎしながらその場を取り繕うが、最後には可笑しくなってしまい、ぷっ、と吹き出す。

 2人は体を温めたことで気持ちと思考に少し余裕が出てきた。だがアンは違う意味で熱くなっていたが、コムギに気付かれなかったことは良かったのか悪かったのか……。



『温度管理』をイメージしたら出来たこの能力、便利だな。

 パン焼くのに火や熱を使うしな。

これでもしかしたら色々な問題が解決出来るかもしれんなぁ。

――それも試しにやってみるか。

こう、火炎放射みたいにボウッと燃えるイメージ――で。


 右の掌を上に向け、イメージしながら力を集中させていく。


ボウッ‼


「ああっちい‼‼⁉⁉」


ほ、本当に火が出た⁉

ま、前髪が焦げた‼


「あちちちちち……!

まずい、消えないぞ!」


どうする⁉えーと、消えろ、消えろ……消えるイメージをすれば……。

……ふぅ消えた、良かった。


「コムギさん、い、今のは?」


「いや、高い温度をイメージして火が出せないかと思ってやったらこうなった」


「『魔法』が使える職業ジョブなんてすごいです!」


「『魔法』?

この世界にはそんなのもあるのか?」


「はい、ありますよ!使える人は少ないからすごい貴重なんですよ!

炎を出せるのは『賢者』『魔法使い』『鍛冶屋』だけと聞いてましたけど、『パン職人』も使えるんですね‼」


賢者やら魔法使いに並ぶパン職人とは違和感が半端ないが、もしかしたらすごい職業ジョブなのかな?――これはかなり使えそうだな。


「獣は大抵、火を怖がるよな?」


「えっ、そうですね……あっ⁉」


「そう、これならもしかしたら熊達を退けられるかもしれない」


 アンに思い付いたこれからの流れを説明する。果たしてどうだろう、成功する見込みは結構あると思うんだけどな……。


「やりましょう!これならイケますよ‼

やる価値はあります‼‼

――しかしコムギさん、本当に何者なんですか?」


「いや、ただの『パン職人』なんだけど……」


 オレだって訳がわからないからさ、聞かれても答えられないよね……。

少しでも希望が見えてきたのは良かった、よし。


「じゃあ行くか!」

「はい!」


◇◇◇


 先程の女性が言っていた霊峰の祠と呼ばれる洞窟の中を進んでいく。


グルアアア――‼‼


 さっそくアイスグリズリー達が襲ってくる。だが今度こそ通らせてもらうぞ。

先程と同じ要領で右手から炎を出す。


ビクッ⁉


熊達が驚き、一斉に動きを止める。

――さあ、これでどうだ?


「「「………」」」


「よし……」


 熊達がその場から動かないのを確認し少しずつ、少しずつ進んでいく。

 火のおかげで洞窟を抜けるまで熊や獣とはあの集団としか出くわさずにすんだ。やはり文明の火は強し、だな。


 よし、洞窟を抜けた!

いつの間にか晴れていた空から指す陽光にキラキラ光る雪景色は神秘的だった。


「わあっ!綺麗ですね!」


「そうだね、本当に眩しいや」


 喜んだのは束の間。

その景色の奥に『それ』はいた。

かなり離れているのに大きく蠢くなトカゲ達。ファンタジーにあるような羽根はない。

背中に角が並んだ大きなトカゲがあちらこちらにいた。

「あれがドラゴン?」


「はい、アースドラゴンという一般的なドラゴンです」


「一般的な?他に特殊なドラゴンがいるのか?」


「なんでも飛びまわるドラゴンもいるらしいですけど、目撃例も少ないので私も噂の噂くらいしかわからないです」


「そうか……」


 しかし何はともあれ、このどこかに氷の魔石があるはずなんだ、それを探さないとな‼

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