第11話 危機と光明
「本当にないの⁉」
「は、はい。
前にも言った通り、そんな
「そんな……ガックリ……」
――まあ、そんなんなくてもオレには腕や技術があるから大丈夫だよな。
大丈夫、大丈夫……。
自分に言い聞かせるように平静を取り戻そうとする。
ズゥン――ッ‼‼‼
聞き覚えのある重低音が再び2人の耳に入る。
「そんな……まさか!
追ってきたのか⁉
くそ……こうなったら……」
オレは覚悟を決める、隣を見るとどうやらアンさんも同じ決断を考えていた様だ、
「下山しよう、今ならまだ間に合う」
「いい判断です、それしかありません。
でも……いいんですか?」
「命より大切なものはないよ、君を一回置いていってしまった、危険に晒してしまったんだし……約束したろ?」
「……そうですね、熊に発見される前に逃げましょう!」
「「っ⁉」」
すぐさま洞窟の入り口を出る2人。
だが無情にも外は猛烈に吹雪いており、山道が雪で埋まっていた。
これではどこへ行けばわからず、視界もままならないのでは下山など出来るはずがない。
ただ遭難のリスクが上がるだけだ。
「くそっ――‼」
「万事休すです……仕方ありません、こうなったらダメ元で戦うしかなさそうですね」
「そんな……っ」
「私は《騎士》です、人を守るのが仕事なんですよ?だから命に変えても貴方を守ってみせます。
『あんぱん』とても美味しかったです。
新しい味を教えてくれた御礼、にしては命はちょっと高いですけどね」
腹を括り、死んでも守ると覚悟を決めた彼女の顔に迷いは無かった。
――若いのにしっかりした良い子じゃないか。こんな良い子をこのまま死なせるわけにはいかない。
オレは男だ。女の子に守られてどうする。
それに体力には自信がある、重労働であるパン作りのために必要な筋肉は全て鍛えてきた。ダメ元だが、彼女を逃がすくらいの時間は出来るはず。
スッ……
「オレが時間を稼ぐ、だから逃げてくれ」
「登山道はあんな状態ですよ、なのにどうやって……⁉」
「熊に喰われるよりマシだろ?
頼む、君を死なせたくない」
出会ったばかりだが、アンさんを死なせたくないのはオレだって同じだ。
何も知らないオレに協力してくれて、一緒にここまで来てくれた気持ちに応えてあげたい。
だからこそ、オレと彼女と食材ひいてはパンのために、ここは切り抜ければならない‼
「こい!」
ガアアウゥ――‼‼‼
挑発に乗ったアイスグリズリーがオレ目掛けて襲ってくる。
ブゥゥゥンッ‼‼
熊は恐ろしいほどの速さで、鋭利な爪を携えた腕を振る。まるでトゲ鉄球付きの丸太で襲われているような感覚だ。
あんなの喰らったら本当にひとたまりもない。
だがどうする?
このままではいつかはあの腕に捉えられるだろう。冷えもあるし、体力的にも分が悪すぎる。
――格好をつけすぎたかな?
しかし、なぜあの熊はここに来たんだろう?
追ってきただけなのか?
オレの背荷物の中にはもう何も食べ物はない……まさか。
「アンさん?
まさか……食べ物をまだ持ってないよな?」
「――ドキッ‼‼⁉
ナ、ナンノコトデシュカ‼⁉」
図星らしい。
明後日の方向へ視線を移し、隠そうとするも隠せていない下手な演技をする彼女にさすがに苛立ちを覚える。
「……おい、せめてもう少しマシな演技をしろよ。露骨にわかるだろう…………出せ」
「……はい」
「やっぱあるじゃねええかああああ‼⁉
食いかけの『あんぱん』がああああ‼⁉⁉」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいい‼‼‼‼」
あんぱんを手に取るなり、すぐさま逆方向遠方に投げる!これに反応したのなら――。
ピクッ!
熊が目と匂いであんぱんを追い掛け去っていった。やはり食べ物の匂いに釣られてきてたのか。
ふぅ……。どうにか一時的にだが危機は去った……思いもよらぬ方法で。
「助かった……」
「はい、良かったです……。
――ハッ!」
じとぉ……。
オレはねっとりとアンを凝視する。
さすがに命の危機だったんだ、少しばかり怒りを覚えても仕方ないだろう。
「え、えっとあれはですね、その……もしもの時のためにチビチビ食べようととっておいたんです……。
――てへっ」
「てへっ、じゃねぇ‼‼
無事に帰れたら好きなだけ喰わせてやるから!本当に危ないとこだったんだぞ⁉」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいい‼‼‼」
まぁしかし、この状況はどうにかしないと。外は吹雪、中には熊、しかも食料はなくなった。
完璧に詰んだ。
このままでは遭難か凍死のどちらかが待っているだけだ。
「ごめん、こんな想いをさせて」
「いいんですよ。私にも都合があるとはいえ、お人好しすぎましたかね」
都合?それもなんか言ってたな。
オレは個人の事情にズカズカと立ち入る程、デリカシーの無い人間じゃない。
そこには触れず気まずさを晴らすため、未だに気に掛かる話題に切り替えることにした。
「……
「はい?」
「神殿に行かなくても願えばなれるんだよな?それ、ここでも出来るかな?」
「まさか。
確かに神殿以外でも出来るとは聞きますが本当にやった人は聞かないですよ。
もし仮に成功したら、手の甲に
本当だ、アンの右手に『騎士』と剣のマークが刻まれている。とりあえずそれっぽくお祈りでもしてみるか。両手を合わせ、拝む様に声に出しながら願う。
「出ろー出ろー、オレに『パン職人』のアザよー、でろー! 」
なんてな、――ん?
「あっつ⁉
なんだいきなり⁉⁉
右手が熱い、あちちちち‼‼
な、なんだこれ⁉」
「だ、大丈夫ですか………⁉⁉
――っ‼‼
し、信じられない……‼
「マジか!
よし!やったぞ‼
これで名実共に《パン職人》だ‼」
歓喜と興奮がオレの中で昂ぶる。
そして浮かんだ名前とパンを形どったマーク。掲げた右手の握り拳を見つめ、嬉しさを噛み締めた。
でもこの状況がピンチなことには変わらない。
どうしよ??
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