第32話 組み合わせ
『生クリーム』
菓子作りでよく使われる定番のクリームだ。パティシエでは『クレームシャンティー』とも呼称される。
これが今回の秘密兵器だ。
生クリームは乳からバターを作る過程で必ず必要になる物。
メロンパンに合わないわけがない。
さらに今回はちょっと一工夫してるしな。
「どうぞ、こちらの『生クリーム』を付けてお召し上がりください」
「う、うむ。ただのクリームではなさそうだな、どれ……」
「陛下!」
「なんだ⁉」
「……毒見を」
「お前今日食べてばかりじゃないか!」
「執事の務めですので」
(((あいつ、絶対自分が食べたいだけだろ‼)))
二人のやり取りを見ていた皆の心の声が一致した。どこか期待している様子のセバスチャンが生クリームとメロンパンの組み合わせを口にする。
単体であれだけ美味だったのだ。
期待せずにはいられない。
果たしてどう変化したのか、と気になる観衆は固唾を飲み込みながら注目する。
「うっ‼
こっこれは――……っ!‼」
セバスチャンがクワッと刮目する。
なにかあったのかと皆が心配する。
するとセバスチャンはゆっくりと両手を皿へと伸ばす。
迷う事なく伸ばされた手は、生クリームをメロンパンに合わせる。
セバスチャンが何をしているのか理解出来ず、硬直し、ただ眺めるしか出来ない王様を横目に彼は――
クリーム付メロンパンを一気に食べた‼‼
「なぁにしとんだあぁ、きさまあああぁぁぁ‼⁉」
執事の胸ぐらをつかみ、ガクンガクンと揺さぶりながら、涙目と憤怒の表情で王様がめっちゃキレる。
「いえ、毒見の務めですので!」
セバスチャンはクリームを口の横につけ、キリッとした顔でふてぶてしく謝る素振りだけ、した。悪びれる様子がないあたり、明らかに確信犯だ。
(((あいつ、やりやがった―……‼)))
「くそ!
メロンパンはまだあるな?
持ってきてくれ、もう毒見はいらんっ!」
言うが早いかショーニさんがシュバッとメロンパンを用意する。出来る人だ、この展開を予測してたんだろうな。
……しかし、王様と執事の関係って、あれでいいのだろうか?
「ナイスだ、ショーニ!」
「はっ」
恭しくショーニさんが礼をする。
「では頂こう!」
王様が生クリームとメロンパンを一緒に口にいれる。
目を閉じ、ゆっくりと口の中で複雑に絡み合う甘美を味わう。
咀嚼を終え、飲み込もうとするが……
「……溶けた」
「は?」
急に発せられた一言に首を傾げる。
そしてクワッと目を見開き、王様は驚きを露にする。
「溶けた……溶けたぞ⁉
さらりと口のなかでこの『生クリーム』と『メロンパン』が混ざり合い、飲み込む事なく溶けてしまった⁉
飲み込むのではない、なんという滑らかに喉を通る感覚……。
更にこの生クリームから香る爽やかな柑橘の風味……。
どこかで嗅いだ記憶があるのだが……?」
「さすが陛下、使用したのは柑橘類であるレモーネでございます」
王様の問いにオレは簡潔に答える。
レモーネと言うのはこちらの世界のレモンだ。
「そうか、レモーネだ!
レモーネの爽やかな酸味が甘味を皿に増しておるのだ‼」
――正解。
『 酸味 』 × 『 甘味 』
あらゆる料理や菓子作りに通じる鉄板な組み合わせだ。
この『レモーネ入り生クリーム』がさらにメロンパンの美味しさを引き立てる。
甘さをより引き立てる為、アクセントに何か使えないかと市場で様々な果物を試した結果、一番クセがないレモーネを今回はチョイスしたのだがウケが良いようだ。
その成果だろう、みな一心不乱にパクつき、先程とは違う、新たな発見による驚きと美味さによる恍惚の表情を浮かべている。
一手間掛けた分、美味しくなったメロンパンに感心しているようだ。
「良かった……」
思わず素直な気持ちを口にしてしまう。
以前も企業との商談を何件かした経験があるがこれほどの規模ではなかった。
だから緊張と不安が少なからずオレにはあった。
「……ショーニ、そしてコムギよ」
「「はっ」」
「見事……本当に見事であった。
期待以上に素晴らしい時間であった。
この働きを称え、何か報酬を取らせたいと思うのだが、何が良いか申してみよ?」
どうしよう、あまりの突然の問い掛けに何も思い付かないぞ。
困ったのでショーニさんをチラリと見るとわずかにニヤリと口元を緩めていた。
何を言い出すのかと待っていると。
「いえ、報酬はそのお言葉がなによりの報酬でございます。
ゆえに陛下のお気持ちだけで十分です」
「なに‼⁉」
ショーニさんの予想外の返事に、その場が凍りつく。王様からの恩賞を断って本当に大丈夫なの⁉
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