ベッカライ帝国へ

第88話 新たなる舞台

 衝撃の会談の翌日。


 ここは帝国の城内にある国賓室。

寝室にはいつまでも寝ていられそうな上質なベッド。うっすらと薫る位にアロマの焚かれた、高級ホテルのスイートルーム並の広さの設備が整った空間。

 にも関わらず、緊張と染み付いた生活リズムのせいか、いつもと同じ朝4時にオレは目を覚ました。

 

 こちらの世界の時間の概念は元いた世界と同じなので、生活リズムの面で地味に助かっている。パン屋には時間の感覚が非常に大切だからだ。


 夜明け前ということもあり、窓から見る外の景色は星と月が照らす漆黒の世界。

再びベッドに沈み込ませようとする誘惑を断ち、ムクリと身体を起こす。

 まだ眠気が覚めきれず、そして昨夜から未だ落ち着かない心。


 (気晴らしに少し城内を散策でもするか……)


 皇帝からは「自由にしてよい」と言われているので、いろいろ見てみたいと思案していた。ブーランジュ王国との違いも気になるしな。


◇◇◇


「迷った……」


 ――広すぎる。

ブーランジュ王国の城も広かったが、さらに広い気がする。

 それに万が一の防御機能が重視されているのか、廊下の窓は少なく、どこも同じような作りで自分がどこから来たのかすら全くわからなくなってしまった。


 困惑し途方に暮れていると、

「お困りですか?」と不意に背後から声を掛けられる。


「えっ、ええ……実はそうなんです……ん⁉」


 振り向くとそこには、微笑む男前。

朝早いにも関わらず、皇帝がいた。

意外過ぎる邂逅の衝撃ですっかり目が醒めた。なにより、なぜここに皇帝が⁉

そんな心情を読み取られたのか、クスリと笑う。


「すまない、よく眠れなかったか?


 我は日課でな、朝の方がアタマがスッキリして仕事や作業の効率が上がるタチなのだ。毎日この時間に、文官達に下す業務策定をしつつ時々身体を動かしてリフレッシュしておる」


 まさかのバリバリ朝方勤務型⁉

確かに皇帝の手には木剣が握られており、よく見ると運動後らしい。

 汗で張り付いた茶の前髪や袖まくりしたシャツから覗く鍛えられた大胸筋や腕部がなまめかしく、セクシーだ。

同性のオレでもドキリとする、男前なイケメンのこんな姿、異性が見たら……。

ましてやこんな朝も早くから……。


「惰眠を貪らないなんて、意外というか勤勉なんですね。

パン屋も朝が早いが、皇帝自らが朝早くから働いていたら部下は大変なんじゃないですか?」


「心配には及ばん。

部下達は朝昼晩の3交代制で勤務をするようにしているし、国中の労働者も皆似たような働き方をするからな。

 そもそも働くと休む、公私のメリハリはしっかりせんとな。勤勉な国民達に支えられているのだから我らがしっかり規範を示さねばならん。


それと朝の日課は昔からの事だから誰も不思議に思わんさ」


「確かにメリハリは大事ですよね。

しかし皇帝だけでなく、皆が勤勉なのは凄いですね」


「ああ、本当にありがたいと思っている。だからその貢献に見合う報酬は与えているつもりだ。


 雇用主と労働者の距離は近くてはならん。

相手を『見る』だけでなく、こちらも『見られている』のだから、気を抜けんよ」


 滔々と語る皇帝。

その真摯な眼差し、口ぶりの節々からは確固たる信念が感じられる。


(組織を率いるリーダーの理想像だ……。

 うちの店もそうしてきたつもりだけど、なかなか難しいとこがあるからなあ……。

 皇帝カイザーゼンメル、良いリーダーじゃないか、大いに見習おう。

……バカイザーなんて言ってごめんなさい)


「さて、まず謝らねばならないな……。

コムギには悪いことをしたな、すまない。

 会談でも宣言したが、悪いようにはせん。

皇帝カイザーゼンメルの名において約束する。


 だから我ら、ベッカライ帝国をどうか助けて欲しい。

――頼む、この通りだ」


 襟を正し、ピシッとした佇まいで頭を下げる皇帝。堂々としつつも、潔く協力を乞うその姿には為政者として、またこの国に住まう1人の人間としてのまっすぐな気持ち。誠心誠意向き合う姿勢がしっかりと感じられた。

 こうゆうまっすぐな気持ちには応えたくなる。人間の助け合いとはそうゆうもんだ。


「はい。

オレに出来ることであれば、ぜひ。

わからないことだらけですが、よろしくお願い致します」


「そう言ってくれるとありがたい。


 立場上、他の者にはこのような姿を見られる訳にはいかないからな。実は折を見てと思っていたのだ。


……頼む‼

 資源に限りはあるが協力は惜しまん。なんとかこの危機を共に乗り切ろう‼‼」


 やることになった以上、後には引けない。

オレなりに出来ることを全力で取り組むとしよう。


◇◇◇


 朝食後、オレは帝国の研究所内にある、責任者専用の研究室でマイスさんと机を並べ、今後の対策について意見を交わしていた。

 後からもう一人、別件で手が離せない副所長が来るらしい。


 オレはこの『帝国中央研究所』で特別研究員として働くことになった。

 研究所には様々な部署があり、科学、化学

所内で働く研究者の肩書きは全員が同じく皇帝直下の研究チームメンバー。名誉を得る代わりに結果を求められるので彼等には、国の危機にどう立ち向かうかと日夜研究に明け暮れているためか、ヒリヒリとした独特の緊張感に包まれていた。

 そんな中、正直少しワクワクしている自分がいる。ここでどんな材料やパンに触れられるのか、と。


 マイスさんと意見を交わしながら、働く上での必要な知識だけでなく、オレに不足している常識等いろいろな事も教えてもらう。

おかげで判ってきた事がいくつかある。


 まずはこのベッカライ帝国について。

古くからの優れた技術力と人材教育により、大陸1番の大国だそうだ。

その歴史は国としては最も古く、この世界の祖とも言って良いほどらしい。

 

 そして現在。帝国を治めているのは、皇帝カイザーゼンメル。

オレが元いた国、ブーランジュの国王イストとライバル関係にあるらしいが因縁について詳しくは知らない。


 皇帝の仕事ぶりについては、人に任せるタイプのイスト王とはまるで反対で、自分で処理するタイプのリーダーのようだ。

しかし、任せるとこは任せ、大事な決断は自分の目で確認してから下すという行動力に満ちた姿勢で部下からは信頼され好感されているらしい。


 最後に、帝国目下の問題は食糧難だ。

厳密にいえば、帝国内の天候不良による穀物類の不作が問題の引き金となっているらしい。

 この問題はしっかり冬を越せるよう、出来る限り早く解決出来れば良いのだが、難航し解決の糸口が見つからないらしい……。


◇◇◇


「マイスさん、実際どうなんですか?

シュトーレンの提案だけじゃ、根本的な解決にはならないですよね……?」


「そうなのですよ、いかがしたものかと頭を抱えておりましてな……。

いやはや……困り果てました」


 頭をポリポリと掻きながらマイスさんはうなだれる。


「それに今は冬期ですからな、今年の収穫はほぼ終わりまして、休農期です。


 今ある備蓄食料でなんとか春までもたせないと……。


 このままの予測では年明けに底をつく恐れがあるので、早くなんとかしたいのですが打開策は未だに見つからず……」


「「うーん……」」


 2人で腕組みしながら頭を悩ませる。

なんとかして打開策をどうにか見つけないとなあ……。

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