第87話 決心と解決

オレが帝国に⁉

なんでそうなる⁉


――皆のざわめきが止まらない。

――オレの胸のドキドキも止まらない。

――王様のガタガタとした震えは止まるわけがない。


「では早速、調印としようか。

記念すべき両国の友好を祝ってな?」


「ままままま、まて!


ななななな、なっ、なぜそうなるっ‼‼⁇⁇」


 身体も声も震えまくる王様が取り乱しつつも必死に声を絞り出す。だがその必死さが皇帝に伝わる事はなく、サラリと涼やかに流された。


「なぜ?

貴様が持ち掛けた条件だろう?


『シュトーレン』をこちらの保存食として提案。――そして作れるのは、そこのコムギのみ。


『貴重な技術と知恵をもつ人材とアンとの交換』


これならば埋め合わせになるので、アンとの婚姻を勘弁して欲しい。

――つまりはこうゆう意味で、貴様は今回の提案をしたのだろう?」


 ぐうの音も出ない正当な内容を示す返答に、より一層の重苦しい空気が場を包む。


(……言われてみればそうなるよな。

王様はシュトーレンが割れたショックで動揺しすぎて、説明とか全然しなかったし……)


「ばばばばばばかをいえ!

コムギは渡さんぞぉ!

……コムギがいなければ我が国とて困るのだ!パンの事を含め、いろいろこれから助けてもらいたいのだからな‼‼」


 しどろもどろになりながらも抵抗を試みる王様が、ここまで評価してくれているとは知らなかった。一介のパン職人なのに有り難い事だと感謝の念から、思わず目頭が熱くなる。だが無情にも皇帝は容赦ない言葉を続ける。


「……そうか。

ならば最初の通り、アンとの婚姻による締結だな。

でなければ、食料の流通回復はせんぞ。

――こちらとて苦しいのは『わかっている』のだろう?」


「ぐぬぬぬ……」


 事前に帝国の食料事情が芳しくないとの情報を得ていた点を突かれ、客観的に代案を考えるならば見合う条件は確かにオレの技術と知恵が有力な候補になる。

しかもこの流れだ、ごねるだけでは材料不足。どう考えても勝ち目は薄い。


「では、イストよ。

どうする、貴様はどちらを選ぶのだ?


――可愛い従妹のアンか?


――それとも貴重な人材、コムギか?


さあ選べ!

今、この場でな‼‼」



「ぐっ!うううぅぅぅぅ…………‼‼⁉」


 王様が怨嗟の念を飛ばし、鬼のような形相で皇帝を睨む。だが同時に、どうにもならない悔しさを噛み締める、苦悶の相も彼の複雑な心境を表していた。


 そして、その姿に同調するかの様に皆一様に沈痛な表情を浮かべる。

ショーニさんやアンさんも助け船を出そうにも、この万事休すとしか言い様のない空気の中、ただただ沈黙するしかない。



……仕方ないな。



「オレはいいですよ」



「「「「‼‼⁉⁉」」」」


――この場を納める手段は、これしかない。

アンさんの意思も聞いているし、オレが了承すれば円満に解決するだろう。

そう思い、オレは覚悟を決めた。 

 ただ心配なのは、どれくらい帝国にいることになるのかわからない不安より、残してきた店やウル、リッチの事だ。

 ……まあそこは王様やショーニさんが上手くやってくれると信じよう。


「皇帝陛下、これなら良いんですよね?

アンさんとの婚姻も無しになって、王国への食料の物流回復も約束してもらえるんですよね?」


 改めて念押しする。

約束を反故にされない様、きっちりしておかないとな。


「ああ、もちろんだ。

即時、手続きをすると約束しよう。

コムギ、貴様は国賓待遇として不自由はさせないつもりだ。――安心するがよい」


「――わかりました」


 オレと皇帝が合意の視線を交わし、否応無しに話が決まってしまった事に王様以下、王国側全員が言葉と表情を失ってしまう。


「……すまん、本当にすまんっ……‼‼

コムギ……っ‼」


「いいんですよ、元々オレは余所者なんで すから。……あ、ただお願いがあります。

店やウル、リッチの面倒はしっかり頼みますよ?」


「うむ……っ‼

うむ……‼‼

もちろんだとも……‼‼‼」


 成す術も無い、無力な己を恥じる王様は涙を流し、何度も何度も頭を下げる。こちらもどうしたものかと困ってしまうが、きっとこれで良かったのだろう、とオレは思う事にした。

――ちょっと前向きに考えれば帝国のパンや製法を見る事ができるわけだしな。


……でもやっぱり心細いな。

いや、そんなことは言ってられない。

――そして生涯きっと忘れられないだろう。

辛そうにしている当事者であるアンさんの顔を。


 その顔に浮かぶ苦悶の表情は身代わりになったオレへの懺悔か、多少なりとも安堵している自分への戒めか。

 そこには彼女が抱えるいくつもの負の感情が込められているのが一目で見て取れる。


 そして今、彼女の方を見る訳にはいかない。なぜなら視界の端に映る、今にも決壊しそうな彼女の瞳を見ていて辛くなるからだ。


そんなオレの心を見透かしたか、決心を揺るがせない配慮か。はたまた、タイミングが良かったのか、皇帝が締めの口上を述べた。


「ではこれにて、両国の友好とそれに関わる問題は解決だ。


……心より感謝致します、イスト王。


――そしてこれから我が帝国でよろしく頼むぞ、コムギ」

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