第86話 会談

「で…だ。

何しに来たのだ、貴様ら?」


 明らかに不満げな表情の皇帝がいきなり切り出してくる。


「こちらとて暇ではないが、相手が相手だ。わざわざ時間を割いたのだから、くだらない要件ならタダではすまさんぞ?」


 鬼気迫る、とはまさにこの事だろう。

殺意にも似た迫力ですごむ皇帝に思わず気圧されてしまいそうだ。

 だが怯む事なく、毅然とした態度で王様か切り返す。


「ああ、今日はお前と話をしたくてな?」


「話?

ああ。アンとの結婚と、流通回復それぞれの日取り決めだな?」


「――いや、流通回復の内容だけだ」


「……なんだと?」


「流通回復だけの話をしにきた。

……アンはお前にはやらん。

大切な従妹なのだ。本人が良いと言わぬ限り、俺様は嫁には行かせない!」


「正気か?

ではどうやって流通回復の交渉をするつもりだ?相応の対価がなければ、こちらは交渉に応じないぞ?――わかっているよな?」


「ああ、わかっているとも!

だから、その対価を持ってきた。

――見ろ、これがそうだあっ‼‼」


ダンっ!


と机に運んできたケースを勢い良く、まるで叩きつけるかの如く、皇帝に向けて置く。

……大丈夫か?

中身シュトーレン崩れてないよな?


「ん?何だそれは?」


「ふふふ……、見て驚くなよ?

お前は俺様にこれまでの無礼を詫び、屈することになる切り札だ――見ろっ!

これが我が国が提示する、食糧難を救うための保存食!

『シュトーレン』だっ‼‼」


「………⁉」


「どうだ‼

驚いて声も出ないか⁉⁉」


「……ああ、驚いたよ」


「ふふん!」と胸を張り、ご満悦な顔でふんぞり返る王様。その姿を見て、皇帝が青筋を立てプルプルと震えだした。

その自信満々の態度がよほど気に障ったのかと思いきや、


「……こんなひび割れたボロボロのものが貴様の切り札とはな、バカにしているのか?

イストっ!我を見損なうなっ‼‼」



「「「「「ええぇぇぇぇぇ‼‼⁉⁉」」」」」



(やっぱり⁉

まあ、そりゃあんなに勢い良く置けば割れるよ……。シュトーレンは普通のパンに比べて焼き込む分、水分を飛ばすから保存出来るんだけど、その分モロいんだから)


 オレは呆れ、皆が驚愕している中、王様はガタガタと震え出す。隠し切れない程に狼狽するその顔には、割れた切り札であるシュトーレンを見て顔面蒼白であり、同時に焦燥の色と冷や汗が見える。

 さすがに自業自得と言う他なく、先ほどまでの威勢と自信を自らの手でシュトーレンと共にボロボロと割った……。


「……まあよいわ、とりあえず味は見てやろう。

ここに控える、お前達を案内してきた者の名はマイス。我が帝国の1番の研究責任者だ。

こいつにも相伴させるがよいな?」


「……ふぁい……」


 冷やかな皇帝の視線と質問にすっかり意気消沈した王様は、魂が抜けかけたかのような頼りない返事をする。

 そんな王様を尻目に皇帝とマイスはモグモグと切り分けられたシュトーレンを口にする。


「これは美味いな……!

形はともかく、ナッツにフルーツそれぞれの旨味がアクセントになりつつ、非常に食べごたえがある。

 そしてホロホロと溶ける口どけ、なによりこの生地から香る酸味と甘味の絶妙な風味……。

こんなものがあったとは驚きだ……、初めての味だ。マイス、貴様はどう思う?」


「ええ、皇帝陛下。私もこのようなものは初めてです。それにもしかしてこれは……」


(よし!味に関しては問題なさそうだ!)


 あの様子からすると2人はオレの『仕込み』に気付いたようだ。もしかしたら上手く交渉出来るかもしれない。

よし、頼むぞ、王さ……あ。


……チーン………。


――ダメだ。

そんな効果音がふさわしいくらい、完全に試合終了。漫画みたいに白くなってやがる!

自分で見事にやらかしたからなあ……さすがにフォロー出来んわ……。他の皆も同じようにどうしよう……といった面持ちで互いに顔を見合わせる。


 そこへ、らちが明かないと見かねた皇帝がズバリと話を切り出す。


「つかぬことを尋ねるが、これを作ったのは誰だ?」


バッと皆がオレの方を見る。

(うっ⁉そんな期待するような視線向けるなよ……)

「……オレです」


「貴様か。

見事な腕をしているな?どうゆう物なのか、これについて説明してくれ」


「わかりました」


 皇帝とマイスにシュトーレンについて具体的な説明をする。興味深いからか、特に保存性についてかなり注目した様子で2人は真剣に耳を傾けていた。


「ふむ……なるほどな。

だいたいわかった。

そうか……、保存性と栄養価の高いパン。

こんなものがあるとはな。

――マイス?」


「はっ、なんでしょうか?」


「貴様に同じものは作れるか?」


「製法がわかるならともかく、正直時間を頂いてもイチからでは難しいでしょう。発想や技術が未知の領域でございましたので……」


「そうか、では貴様にもう1つ聞く。

『メロンパン』

とやらも貴様が作ったのか……?」


「……⁉

なんでその話を?

いや、はい……そうですが……?」


「ふふ……なるほどな。」


 皇帝がニヤリと口元を緩ませ、じっとオレを見つめる。美丈夫に見つめられ思わずドキリとするが、そんな趣味はない。それにその熱い視線はどちらかと言えば『獲物を狩る猛獣』さながらだ。


「貴様の名はなんだ?」


「コムギです、コムギ・ブランと申します」


「コムギか。

わかった、覚えておこう。

――おい、イスト!いつまで呆けている⁉」


「ふぁい……」


ダメだこりゃ。

どんだけポッキリと心折れて自信喪失してるんだよ……。


「イスト、貴様がアンを嫁に出したくないというのはわかった。


だから今回の話(シュトーレン)を持ってきたのだろう?

ならば条件を飲もうではないか」


「「「「「⁉⁉⁉⁉⁉⁉」」」」」


 思いがけない提案を不思議に思いながらも皆に喜びの色が見え、ホッと安堵する。


(やった、これでアンさんの婚姻も流通回復も出来る!)


「いや、なに。

こちらとしても、天秤にかけても良い条件の話だからな。

我が国の情勢を調べ、こんな良い話を提示してくれるとは。

さすが我が盟友よな!

ハハハ……‼‼」


 最初の剣呑とした雰囲気から打って変わり、皇帝が上機嫌だ。そんなに『シュトーレン』を気に入ったのなら良かった。


「もう一度確認するが、じゃあアンとの婚姻は……」


 王様が我に返り、確認する。


「ああ、無しだ。

残念だがな……。

しかし、今回の条件には代えられん」


「良かった、じゃあ話をまとめるとしよう!」


「ああ、アンとの婚姻はなし。

――その代わり、コムギが帝国に来るということで流通回復を約束しよう!


 イスト、貴様はコムギの『手腕を見せるため』にこのシュトーレンを作ってきたのだろう?

我らはとても気に入ったぞ‼

いやあ……、本当に良い条件だなっ‼

やはり持つべき物は友だな‼‼

ハハハっ‼‼」


「……えっ?」

「えっ⁉⁉⁉」


 高笑いする皇帝の言葉がすぐには理解出来ないオレは思わず王様と顔を見合わせる。


「「「なぁにいいいいぃぃぃぃ⁉⁉⁉」」」

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