第85話 会談の始まり

 帝国首都までの道中は呆気ない程に順調そのものだった。正直何かあるんじゃないかと警戒していたのだが、特にトラブルもなく、たどり着くことが出来たのは予想外だった。


 その理由を含めて道すがらオレは随所に見られる帝国の発展ぶりに舌を巻いた。

 通行しやすいよう見事に整備された街道。

 盗賊などが見受けられない治安の良さ。そのためかあちらこちらに点在する詰所と、そこに詰める兵士から漂う強者と感じさせる威圧感。 

 快適そうな道具や衣服、機能的かつデザインが統一された近世的な街並みなどからもわかる、村や街の人々の生活水準の高さ。いずれもブーランジュ王国より先進的なのがわかる。

――さぞ皇帝の治世が良いのだろうとそれらを見るだけでも想像に難くなかった。


 ゆっくりと観光目的で来たわけではないオレ達一行は首都に到着するなり、安心したその足で城へ向かうのだった。


◇◇◇


「うわ……」


 皆は既知らしいが、オレは初めて見るので思わず感嘆の声が漏れてしまう。見上げる城の第一印象。ブーランジュ王国の城は巨大で装飾美や芸術的印象が先行し『いかにも中世の城』だったのに対し、眼前にある城は規模こそ同程度だろうが最低限の装飾で無骨ながら機能美を感じさせる、さながら『近世的な要塞』まるで対照的な造りだ。

――国の在り方や指導者達の性格を象徴的に反映させているのかと思えるほどに。


 『対照的』


 この時、頭に浮かんだ言葉に一抹の不安を抱えつつ、これからの会談がうまく行くことを願いながらオレ達は城の中へ入る事にした。


◇◇◇


 オレ達は衛兵に通された『部屋』で皇帝との会談を皆で待つ。


――かれこれ2時間は経っただろうか。

 待てども待てども来る迎えが来る様子は無い。オレ達はただはひたすら待つしかなかった。

「ちょっと寒いですね……」

「アンさん、大丈夫?

たしかに寒いかも。よし、【温度管理・炎熱】

これでどう?」


 左手から小さな焚き火程度の炎を出し、皆が悴んだ手をくべ暖を取る。最近、パン職人の能力をコントロール出来る様になってきたのでこれ位の小さな炎なら造作もない。


「はい!ありがとうございます‼」

「いやぁこうやって何も無い所でも、火に当たり段を取れるのは有り難いですな……」

「ショー二さんも大丈夫ですか?」

「実は私寒いのは少し苦手でして……いや、お恥ずかしい」

「ショー二さんにも苦手なものがあるんですね、何でもイケる人かと思ってました」

「ハハハ、よく言われます。なぜなんでしょうね?


……ところで陛下。

いい加減、疲れませんか?

こちらで暖を取り休まれては?」


――仄暗がりの、少し湿っぽく、足元の石畳から伝わる冷気が身を強張らせる、その『空間』で皆が寒さに少し震えている中。

場違いに1人ヒートアップしている王様。



「出ああぁぁぁせええぇぇぇぇぇ‼‼‼‼‼」



……そう、くださいなぜだかわからないがオレ達は『牢』にいるのだ。

 王様がさっきからガタガタと檻を揺らし大声で抗議しまくっている。喉が切れるんじゃないか?と言うほど激昂しながら。

――本当になんで、こんなことに?


「おぉんのれええぇぇぇ‼‼⁉⁉

あんのバカイザーめ‼‼

俺様達を到着するなり牢に入れるとは、なぁにを考えとるんだぁっ⁉⁉

絶ぇっ対にぃ……許さあぁんっ‼‼‼‼」


 フンッ!フンッ!と鼻息を荒くし、憤慨する王様をなだめるが、これからどうなるんだろうかと不安を抱いているのは皆同じ。このまま牢に入ったままなのか、そうじゃないのか。出るにしてもいつ出られるのか……。

――出られないならいっそ、脱獄するしかないか⁇



 そんな事を考えていると、体格の良い見るからに高官らしい身なりの男がバタバタと走りながら牢の柵前に現れる。目の前の光景が信じられないと狼狽する男。見るなりすぐさま牢番に牢の鍵を開けるように指示を出す。


「ももも、申し訳ありませんっ‼‼

イスト王御一同様におかれましては、この様な無礼……大変失礼しました!

今すぐ、開錠致しますので‼」


 彼は慌てふためきながらいきなりの土下座と謝罪をしつつ、すぐ牢の檻を開放してくれた。


「ふぅ、やっと出られた……」


「まったく……なぜ俺様達が牢に入らねばならんのだ?無礼にも程があるぞ、あんのバカイザーめぇ……」


 さらに怒りを増大させた王様からは殺意の波動がビシビシと感じられていた。本当にやったら武力戦争だから辞めてよ?と全員が制止する準備に身構える。


「ごもっともでございます、誠に申し訳ありませんでしたあっっ‼‼」


さっきから頭を下げ続ける男、マイスがまたしても平謝りする。


「衛兵いわく、どうもイスト国王を語る不審者だと認識されたようで……。

なにせ、急な来訪でしたので……」


「急?

バカな、ちゃんと報せは出したぞ?」


「はて……??

おかしいですな?」


 互いに首をかしげる。

なんだかスレ違いがあるようだ。


「まあよい、他でもない今回訪問したのは大事な話があるからだ。


あのバ……皇帝陛下への会談の準備をしてもらいたいのだが?」


 おい王様、今「バ、」って言いかけたぞ。

気を付けないと、ここ相手の城の中だぞ?

また牢に入れられるよ?


「わかりました。

すぐにご用意致しますので、皆様どうぞこちらへ……」


◇◇◇


 案内されたのは広々とした部屋。

質素だが質の良さが伝わってくる備品で全て揃えられた空間だ。

 焦げ茶で統一されたその部屋は、そこにいる者に伝統や歴史を感じさせるような重厚感に包まれていた。



「――待たせたな」


 声の主は皇帝、カイザーゼンメル。

背丈は俺と同じくらい、イスト王より少し高い。体格も鍛えているのか、服の上からわかるくらい肉付きがよい。

暗めの茶髪に、明るみのある茶色い瞳。

キリッとした眼差しと貫禄のある覇気を纏う彼。初対面のオレでも一目で皇帝にふさわしいと思わせる魅力と迫力がある。

イスト王は美青年、皇帝は男前というここでも対照的なイケメン具合だ。


 皇帝はオレたちと対面する位置である上座に悠然と座る。

 ついに待ちわびた会談が始まろうとしていた。

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