第90話 副所長とシチューパン

 研究所に戻ってからは、マイスさん、他の研究員の人と具体的な食料事情の調査報告を確認することにしたオレは同時に『コマッタートル』についても調べていた。


 まず食料事情については歴史的な不作が原因。これについては過去どのように対応したのか、記録にない。それほどまでに未曾有の危機だということだ。


 次にコマッタートルについてだが、普通の亀にはない特徴として

『困惑、身の危険を感じると、殻に閉じ籠り、その状態のまま回転して身を守りながら移動することが出来る』

らしい。

 まるでどこかの特撮怪獣みたいだ……。


 だが、この亀は本来手の平くらいの大きさのはず。なぜ今回報告されている魔物達は巨大なのか?なにか秘密か理由があるのだろうか⁇


 そして、文献やら色々調べた結果。

やはり報告書にあった北部山村地帯に向かうしかない、という結論になった。

 現在収穫出来ていない、北部地域からどれだけ収穫出来るか。淡い期待に全ての命運が掛かった。


「マイスさん、亀の対策はどうしましょうか?」


「そうですね、軍として総力を上げるつもりでおります。

 今回の収穫出来なければ、どちらにしろ我々に未来はないのですから、文字通り死力を尽くしますよ。」


「そうですね、ちなみに何か具体的な対抗策とかあるんですか?」


「……何があると思いますか⁇」


 マイスさんがぐうの音も出ないという困惑した顔で、申し訳なさそうに逆質問する。


「なにか弱点とか苦手なものがあれば良いんですけどねぇ……」


 亀は冬眠するんだし、寒さが苦手とか?

しかし生息する北部は寒いだろうから、違うだろうしなあ……。



『ぐうぅぅぅぅぅ……』


「「「ん?」」」


誰かの腹の虫が鳴る。


「はう……⁉」


 顔を真っ赤にし、お腹を押さえている彼女が犯人らしい。皆が注目するので、さらに恐縮し俯いてしまう。


「すみません……」


 彼女はリスの獣人でリーンと言うらしい。

幼少期に家族で王国から帝国に来たらしく、王国の話をするとキラキラした目で話を聞いてくれる小柄で元気のある可愛い女の子だ。

 出るところはしっかり主張しており、見た目の幼さとのギャップが男として目のやり場に少し困る。

 そしてこんな彼女だが才女らしく、この研究所の副所長、マイスさんに次ぐ責任者だというから驚きだ。


――そう言えば、リスの獣人と言えばリッチを思い出すな、ウルも店も大丈夫かなあ。

心配だなあ……。


「ははは、リーンは育ち盛りだからしかたないだろう。ちょうど昼時ですし、一息いれるとしますか。

 腹が減っては戦は出来ないと言いますし。少し早いが昼食にしますか……」


 ならばと、ちょうどなにか作りたい気分のオレは提案してみる。


「あ、じゃあちょっとだけ待っててください。お腹に貯まって美味しいのを作りますよ。


余りの試作パンと料理、使っていいですよね?」


 研究所内にはパンや料理の試作を作る部署がある。許可をもらい、オレはその部署にある余りのパンと料理を使って昼食を作ることにした。


◇◇◇


「出来ましたよ〜〜っ!」


 食堂に出来上がったパンを運び、手伝ってもらった研究員達に呼びかけてもらう。

 すると仕事に没頭し腹を空かせた研究員がゾンビの如く、ぞろぞろと呼び掛けに応じて集まってくる。なんだかんだ研究所内の人間がほぼ全て集まったようで、100人座れる食堂が満席になってしまった。


 どうやら空腹だけが理由でなく、オレのパンを食べられるというのもあるようだ。

試作だったとは言え、食材を無駄にするわけにはいかないので余りを全て使ってしまい、かなりの量を作ってしまったのでちょうど良いかもしれない。


「コムギさん、これはなんですかな?

初めて見ますが……」


「良い匂いがするであります‼」


 リーンを始め、並んだ『それら』を研究員達が覗き混みながら興味深そうに見ている。


「なんだろう……、この匂いは?

嗅いだことがある、しかし香ばしく、食欲を誘うこの匂いは……⁉。

――いかん、匂いのせいでさらに腹が減ってしまった」

「赤と白の2種類あるのか、どちらも美味しそうだが、どちらにしようかな……⁇」

「早く食べたいであります!」


 順に皿の上に乗せられるパンを身を乗り出し眺める皆が待ちきれないようなので、全員に行き渡ったのを確認できたので号令をかける。


「じゃあ食べましょう。


本日用意したのは『シチューのポットグラタンパン』です。


どうぞお召し上がりください‼」



 では……、と皆が口にゆっくりと運ぶ。

作りたてなので、まだ少し熱いのだが、食欲と立ち上る香りからの誘惑には勝てるはずもない。


サク……サク………ザクッ‼


 少しずつ、慎重に、まだ熱を持つ固めに作られたパンを噛み締めるよう音があちこちから聞こえる。



「「「「「「うんまっ‼‼」」」」」」


「「「「「あちちっ‼‼」」」」」


 ほふほふ、と口の中でまだ少し熱いポットグラタンパンを頬張り、まだ口を半開きにしたりしてまだ少し熱いシチューの熱気を逃がしている人もちらほらいる。


「美味しいであります!

こんなに美味しいのは初めて食べましたぁ‼‼」


 リーンが満面の笑みで良い反応をしてくれる。横に座るマイスさんも恍惚とした表情で


「はふぅ……。


これは……。


美味い………‼

なぜかおふくろの味を思い出すような、温かな味……。


――心なしか、身体もポカポカと温かいような⁇」


 研究疲れで最近しかめっ面ばかりだったマイスさん以下研究員達は頬を緩め、ぽやーんとした和やかな表情、そして満足そうな笑顔。

 やはり、笑顔で食べてもらえるのが1番だ‼作った甲斐があったな!


――ちなみに今回のポットグラタンパン、味は2種類用意した。

『赤いトマトシチュー』

『白いキノコのホワイトシチュー』

 それぞれを少し煮こみ水分を飛ばし、とろみが付いたらフタが出来るよう切ったパンに注ぐ。

 そしてそのシチューの上にチーズをトッピングしてオーブンで焼けば完成!


 カリカリに焼けたパンと、トロトロのシチューの組み合わせがたまらない冬の寒い時期ならではのパンだ。

(いや、パン料理になるのかな?)



「赤と白、半分ずつ食べない?」

「いーよー!半分こしよっ‼」

「その手があったか⁉」

「誰か半分こしないかー⁇」


 帝国に来て初めてのパンだが、好評で良かった。さすがに全員に1個ずつ配れるほどの量は無いので、中には半分こして食べ比べしたりしている研究員もいるみたいだ。

 そしてそれを羨み、眺める者も。

目の前の光景は久しく見ていない、賑やかで穏やかな団欒の光景だった。


「久しぶりに美味しい物を口にしました。食事は本来こんなに温かい気持ちになることが理想なのかもしれません。

何か大事な物を思い出した気がします。

……ありがとうございます、コムギさん」


「いやいや、喜んでもらえたならそれだけで良いんですよ。オレも久しぶりに作れて楽しかったですしね」


「コムギさん、美味しい食事を本当にありがとうございましたっ‼

また今度何か作って欲しいであります‼‼」


 穏やかな顔で頭を下げるマイスさん。パンを頬張りながらぴょこぴょこと尻尾を振り、期待の眼差しを向けるリーン。


 皆の目には輝きが戻り、ハツラツとしている。早く国のみんなでこんな団欒の食事が出来るように、頑張らないと‼‼

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