第91話 トマトと黒麦

 シチューのポットグラタンパンが皆に好評だが、ふと気付いた事がある。


 ポットグラタンに使った余りのシチューー。

――その赤い方。


 これ、使われてるのはトマト……だよな?

トマトは夏野菜のイメージだけど、原種は山間部の水分の少ないところで育つのだと聞いた。


 実はこちらの世界の市場では見掛けたことがなく、あればいいなとは思っていたが、……まさかトマトがあるのか?

 あるならケチャップも作れるし、サンドイッチやいろいろ用途はあるので是非とも欲しい‼


「マイスさん、すみません。

トマトってもしかして帝国ではメジャーな食べ物なんですか?」


 いまだうっとりと余韻に浸るマイスさんに、申し訳ないなと少し思いながらも疑問をぶつけてみる。


「ええ、そうですね。

 夏トマトと秋トマトがあります。

夏トマトは収穫が早い時期に終わるのですが、秋トマトはちょうど今くらいですかね。

 収穫する場所の気温が低いので時期にがずれるんですよ。その代わりじっくり熟成するように育って実るので味は秋トマトの方が良いですね」


 なるほど。

秋トマトが収穫出来れば少しは食糧の足しになるかな。


「しかし……」


「ん?

なんですか?」


 言いにくそうにモゴモゴと言葉を発するのを躊躇いながら、マイスさんがゆっくりと続きを話す。


「その秋トマトを含めて残りの収穫が見込めるのは、もう北部だけなんですよ。

――だからこそ、コマッタートルの討伐は失敗できないのです」


「つまりコマッタートルを討伐する事が、残りの食材の収穫確保に繋がるというわけか……」


 俄然失敗するわけにはいかなくなった。

何としても討伐しなくては……!


「そこでコムギさんにお願いがあります。

何でも魔法をかなり使えるとか……。

 よろしければ、一緒に最前線で戦っていただけないでしょうか?


 戦力になりそうな者、総動員して勝利を修めたいのです。

 何卒よろしくお願いいたします!」


「もちろん、かまいませんよ。

オレもどこまで出来るかはわかりませんが精一杯やらせてもらいます」


「おお……ありがとうございます‼

北部の穀倉地帯の安全確保と収穫のため、皆で頑張りましょう!」


「ちなみに他にはどういった物が収穫出来るんですか?」


「いろいろありますが、収穫量が多く見込めるのは大麦、黒麦、トマトですね。

山間部に生息するので、寒さに強い食材がほとんどです」


――黒麦‼

まさかここでお目にかかることになるとは……‼


 黒麦とはライ麦の別名。

寒さに強く、酸味のある焦げ茶色のパンを作るのによく使われる。

 代表的なものは『ドイツパン』

独特な酸味と目がぎっしりと詰まっていて、ねっとりとした食感、そして小麦粉のパンよりも栄養価、保存性が高いのが特徴だ。

 好き嫌いが別れるパンだが、やみつきになる人や専門店を開く人がいるくらいハマる人にはハマる。


 帝国では黒麦を使ったパンが好まれているとのことなので、もし黒麦が大量に手には入れば、かなり食糧難の改善が見込めるだろう。

 ドイツパンを始め、黒麦を使うパンは保存性に優れているので、シュトーレン以外の食のバリエーションが増やせることが最大のメリットだろう。贅沢はできなくとも、同じものばかりだとやっぱり食べ飽きちゃうしね……。


 しかし、まだどうなるかはわからないけど希望が少しずつ見えてきた!

黒麦が手には入れば、その時こそパン職人のオレの出番!


 待ってろよ、いざ向かうは北部の山村地帯!黒麦確保のため、亀退治だ‼

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