第45話 満月と三日月
「メロンパンじゃない!?
じゃこれはなんなんだ?!」
「これは『ぼうしパン』です」
「「「「ぼうしパン?」」」」
そう、『ぼうしパン』
大別すればメロンパンかもしれないが、根本的に違うことがある。
メロンパンはビスケット生地を被せるのに対し、ぼうしパンはカステラ生地を被せるのだ。その違いは形だけでなく、食感も全然違う。だが風味はかなり似通っているのでメロンパンを知らない人がメロンパンだと言われれば、そう認知しても仕方ない。
ぼうしパンはメロンパンより優しい甘さと外側がほんのり柔らかいのが魅力的なパンなのでメロンパンと比較した際に、ぼうしパンの方が良いという人もいる。
なのでなかなかこれは難しい話だぞ。
「で、これはメロンパンではないとしてだ。
詐欺に当たるのではないか?
間違いなく、メロンパンへの冒涜だ。
立派な犯罪行為だ、犯人を王の権限で裁いてやる!」
なんたる公私混同。
それはやりすぎだろう。
「うーん、しかし難しいところですね。材料もほぼ変わらず配合が違うだけですから」
「そうなのか」
「これはこれでいいんじゃないですか?食べ比べしてもらって、これからパンのいろいろな可能性が広がるかもしれませんし」
オレがメロンパンを作った事がきっかけでこのぼうしパンが生まれたのなら、この世界でのパン文化の発展に繋がるだろうしな。
「しかし、メロンパンの儲けが減るのは困るだろ、何か新作を考えないといかんのではないか?」
さすが商人のところで修業をし、未だに出入りしてるだけあって王様もわかってるな。
「そうですね、人手は足りてないですが、なにか仕掛けたいところですね」
なにがいいかな、、。
メロンパンは香りが強く、それを売りにしたパン。
それと違った魅力を出せてインパクトがあるのは、、よし、決めた!
「思い付きました。
今度は『クロワッサン』を売ります」
「前に名前だけはおっしゃっていたものですな、それはどんなものなのですか?」
ショーニさんが身を乗り出す。
さすが商人、覚えていたか。
「サクサクとした食感と甘すぎないけど香ばしい、そんなパンですね。色形もメロンパンとは全然違うので良い差別化が図れると思います」
「ほぅ、そんなパンがあるのか!
よし、コムギよ、それでやつらをギャフンと言わせてやれ!」
ギャフンって久しぶりに聞いたな、、。
王様はどこで聞いたんだ、その言葉。
「とりあえず試作してみて、イケるかどうか、みんなで考えましょうか」
こうして魔物パン第2弾『クロワッサン』を作ることになった。
――――――
数日後、試作をくりかえし、クロワッサンの試食を商会で行うことにした。
さすがに魔物バターをたくさん使うだけあって試作に苦労したがようやく完成した。
いつもの応接室に主要な人々が集まり、大皿に乗せた試作品を興味深そうにジロジロと見ている。
「これが『クロワッサン』か!?」
「はい。
三日月の形をしているので『クロワッサン』と言います」
(さぁみんなの感触はどうだろう?
気に入ってくれれば良いけどな)
オレはいくばくかの不安を胸に、皆に説明する。
この場に集まった者達が抱くのは関心。
なぜこの『クロワッサン』に目を奪われてしまうのだろうか?
その正体を想像できない不安に駆られているにも関わらず、なぜ同時にこんなにも期待してしまうのかと。
そして、驚くのは初見の者が抱いた印象が同じだったことだ。
『メロンパン』は満月。
『クロワッサン』は三日月。
奇抜な印象を与える形もさることながら、味においてもどうなのかと興味をそそられるのも仕方がない。
『メロンパン』の外はサックリ、中はふんわり、という甘さと食感、そして魅力的なあの香り。
それと比べると『これ』はどうだ。
立派な高級木材を思わせるような明るめの焦げ茶色の層、強く香ばしい香り。メロンパンとは同じ『月』をモデルにしているとしてもまるで違う。
はたしてどんな味なのか、、。
全員に行き渡るようにコムギが皿に乗せ渡す。いよいよ、実食の時間だ。
「どうぞ、食べてみてください」
「で、では、、」
皆が手に取り、恐る恐る口にする。
ザク!!ザク!サク、ほわっ、、、
やられた。
まるで違う。
クロワッサンの味がまるで想像だにしていないものだったのだ。
パリパリとした表面は見た目通り、固めの食感だが、スッキリ歯切れがよい。そして中心部にいくにつれ、しっとりとくちどけが良くなり生地の層からあふれるバターの強い香りが一気に鼻を突き抜ける。
メロンパンと同じく、またも常識を覆されたショックを振り払うかのように、みな一心不乱にクロワッサンを食べ進めていた。
「うまいな!
これはメロンパンとはまるで違う!」
「王様、ぼろぼろこぼさないでください。
足下が汚れてますよ」
「売るには差別化、とはよく言いますが、違いすぎて、、いや、真逆といってもいい。
『サクサクふわふわのメロンパン』
『パリパリしっとりのクロワッサン』
これ程の違いがパンで表現できるなんて信じられない!」
ショーニさんもウケているようで興味津々だ。
「「美味しいです」っ」
カレンとシオンにも好評だ、つか仕事はどうした受付嬢。
「やりましたね、店長。好評のようで」
「よかったですね。大変でしたけど、えへへ、、」
ウル、リッチもありがとう。
よく頑張ってくれたな。
本来ならシーターという油脂を織り込むための機械を使うが、それが使えないので手作業で通常の倍以上の手間がかかっているのだが、みなの反応を見る限りその甲斐はあったようだ。
「どうですか、いけますかね?」
ショーニさんに問いかける。
「いけますよ、まちがいない!」
「味もさることながら、『満月』と『三日月』の商品を並べるなんて、演出という面から考えても素晴らしい!
いやあ、、コムギさんの作る商品は味も形も独創的で毎度不安と期待が入り交じるのでドキドキしますよ」
「それは嬉しい誉め言葉ですね、ありがとうございます」
誉められ過ぎて逆に恐縮してしまうな。
ウルとリッチも誇らしげだ。
「うむ、城の食事も美味くなったしな。
つい期待してしまうな。
フハハハ、あの猿真似ども、目にもの言わしてくれるわ!見ておれよ!!」
食べ物の恨みは恐いというが、王様、ぼうしパンも美味しいのであまり敵視しないでくださいね。
「よーし!
じゃあ『満月メロンパン』と『三日月クロワッサン』という名前でこれからもっと頑張って売り込んでいこう!」
「「「「おーっ!!」」」」
かくして王様の私的な理由から始まった新魔物パン『クロワッサン』は無事に完成したのだった。
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