第110話 ドワーフ①カギ

 食事を終え、晴れ晴れとした気分で訓練に戻る騎士団と共に訓練場に向かう。


「いやぁ、ベーコンエッグパンにマヨネーズにシフォンケーキ、これ程のご馳走を頂けるとは……」


「コムギ殿の食事を口にしたと話したら皆が羨ましがるだろう」


「騎士団に入れる栄誉を賜った以来の感動だ


 口々に廊下で感想を話しながら、心なしか疲れているはずの足取りが軽やかになる彼らを見ると胸が熱くなる。

自分が作ったパンで誰かに喜んで貰えるのはやはり嬉しい、と。

そこへ不意に背中からパシェリさんが声を掛けてくる。


「コムギさん、今度は何を作ってくれますか?」


「えぇ⁉」


「ハハハ、すみません。気が急きましたね。でも本当に感動しました、故郷の皆にも食べさせてあげたいですよ」


「パシェリさんの故郷ってどの辺りなんですか?なんとなくの地理しかわからないですけど」


 前にマイスさんと帝国内を回ったから、なんとなくは分かる。地図とか覚えるのは昔から得意だし。


「……谷の向こうですよ」


「谷って……まさかこの間の……⁉」


「そうです、私が斥候であそこへ向かったのも正直半分私情からです、もちろん任務最優先でしたがね」


「心配ですよね……」


「えぇ、正直どうなっているのか不安で仕方がないです」


 無理もない、あれほどに巨大な魔物がいたのだ。より近くに住んでいる人々がどうなったのか、しかもそれが自分の肉親や故郷の人間なら心配するのは当然だ。


「手紙とかのやり取りはないのですか?」


「ないですね、『村の掟』がありますから」


 恐らく、皇帝が言っていた『密約』の事だろう。互いの領分を守る為の。

悲しげな表情で話すパシェリさん、どうにか故郷の様子を知らせて安心させたり出来ないだろうか……。


◇◇◇


「はあぁぁぁっ‼‼」


 訓練場に戻り訓練に打ち込むパシェリさんを初め、騎士団の士気は最高潮だった。

その様子を専用の櫓から満足げに監督するタイガー騎士団長。


「よっ……と……」


 はしごを登り、タイガー騎士団長の隣に立つ。5、6メートル位の高さだが、木製だけあってちょっと足元に不安を覚える。


「おや、コムギ殿。

こちらで観戦ですか?」


「えぇ、まぁ」


「折角ですし、彼等と模擬戦でもいかがですかな?いっちょ揉んでやって下さい、きっと彼等も喜びますよ」


「いや、そんな。ハハハ……相手をするには実力不足ですよ(オレが)」


 笑えない冗談だ、騎士とパン屋、どう考えてもヤラれるだろ!

想像するだけでも、向こうは剣、こっちはパンを携え、パンが剣と打ち合えるわけもなくパンがスパッと真っ二つに切られるイメージしか湧かないぞ。

いかん、考えるだけで冷や汗が……。


(……リーンを瞬殺し、あの魔物らを討伐したコムギ殿に相手をしてもらうにはまだまだ実力不足というわけか、もっとしごかねば…‼)


 言葉のすれ違いとは時に悲しいもの。

騎士団の訓練がさらに地獄へまた一歩近付いた瞬間であった。


「ところで、谷の向こうに住む村についてタイガーさんは何か知ってます?」


「……皇帝陛下、いやパシェリから聞いたのですか?」


 ぎょっとしたかと思えば表情を一瞬で正すあたり、さすが騎士団長。冷静に対応するのには慣れているという訳だ。


「両方ですね、密約について等詳しくは知りませんが……」


「そうですか……、どこまで話したら良いか。ただ私から言えるのは、あの村は帝国に無くてはならない、そしてパシェリが2つを結ぶカギだと言う事です。これ以上は……」


 パシェリさんがカギ?

一体どういう事だ?

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