第109話 シフォンケーキとデザートの意味

「よーし、出来たぞ。

じゃあ皆を食堂に呼ぶか」


「では私が呼んできますよ。


「……はい」


 どこか含みのある言い方が気になるが、パシェリさんとリーンは急ぎ足で厨房を出て行った。


 配膳を料理長さん達と手分けし終えたというのに、一向に来る気配がない。


「どうしたんだろ?」


「まぁ訓練に熱が入りすぎて遅れることは時々ありますよ」


「あんまり冷めちゃうのもなぁ……」


――キィ


 静かに食堂のドアが開く。


「遅かったですね、なに……か……――」


 あったようだ。

 先頭を歩くパシェリさんとリーンが肩を怒らせ、騎士団長以下ぞろぞろと食堂の席に着いていく。しかも彼ら全員、何故かさっきよりボロボロの傷だらけになっている。


「……一体何があったんです?」


「はぁ……どうやら誰が最初に食べるかで揉めていたらしいのです、全く意地汚い……」


「折り合いがつかないので、やむなく使して連れてきたのであります」


 だからボロボロなのか……パシェリさんもリーンも強いんだな。パシェリさんはどう見ても爽やかな優男なのに、屈強な男らを黙らせる程の実力があるなんて意外だ。


 何はともあれ、全員揃ったなら良かった。

配膳されたのはベーコンエッグパンとサラダ。黃、赤、緑と彩りの良さに皆驚いている。

 こちらでもサラダを食べる文化はあるようだが、普段はそのままか酢、ドレッシングを掛けているらしい。なのでマヨネーズとドレッシング、念のため両方を用意した。


「ゴホン……では、これよりコムギ殿のパンを頂くとする。礼儀正しくいただくのだぞ。

コムギ殿、何かありますかな?」


「え?

えーと、今日用意したのは卵と燻製肉をマヨネーズと一緒に焼いたパンです。

マヨネーズは馴染みがないようなのでお口に合えばよいのですが……。

サラダにも、とても合うのでよろしければそちらにも合わせてみてください。


では食べましょう、いただきます‼」 


 俺が手を合わせ、いただきます、と言うと皆まばらに真似をしてから食べ始める。

 そういえば、いただきますと言う文化はこちらでは無いんだよな。作った人、食べ物、命への感謝の意味で、オレは必ず言う事にしている。だから言わない事に何となく違和感を感じてしまう。


「――さて、みんなの反応はどうかな?」


「見ろよ!このパン、スゲーぞ‼

上に乗ってるの高級品のコショウの実だろ⁉」

「味もなんだよ、これ⁉

酸味、甘味、辛味全てガツンとくるぞ」

「食べ応えも十分だ、この卵からの燻製肉、そしてふわりとしたパンの噛みごたえの変化がたまらん‼‼」

「卵と燻製肉、パンを調和させているマヨネーズが美味さのヒミツか‼」

「おい、このマヨネーズ……パンで食べるとマイルドな味なのに、サラダだと程良い酸味になってめちゃくちゃ合うぞ‼」

「パンとサラダ、それぞれで違う味を生み出して、しかも美味しいなんて……こんなの初めてだ」


「「「コムギ殿、恐るべし……‼」」」


 狂喜しながらガツガツと一心不乱に食べる騎士団、相伴してる料理長達。

食事が余程衝撃的だったのか、ぺろりと平らげた彼らの顔は恍惚としていた。


「パシェリさん、リーンどうだった?自分で作ったマヨネーズやパンの味は?」


「正直……驚きの連続です。

作り方も味も何もかも。

そしてこれらを生み出したコムギ殿にも。

改めて感服しました」


「アタシもです!

作るのも楽しかったし、こんなに美味しいし……だけど、みんなが喜んで食べてくれたのが一番嬉しいであります‼」


 2人共嬉々とした笑顔で、逆にこちらが照れ臭くなるほどオレも嬉しくなる。


 周りを見渡すと感想を語り合う声が聞こえ始める。少し物足りなそうではあるが、ぼちぼち食べ終え始めたようなので、『もう一つ』作った物を出すとしようかな。


「――料理長、いいですか?」


「お!

『あれ』ですね⁉待ってました!

おい、お前ら『あれ』を運ぶぞ!」


「「はいっ‼‼」」


 まるでスキップするかの様に上機嫌な4人が厨房に戻る背中を皆が不思議そうに見送る。

 なぜなら、いつでも仏頂面、いつも普通の味。代わり映えせず、つまらなそうに料理をする料理長らを知っている騎士団の面々からすれば、あの上機嫌ぶりは異様としか言えないからだ。



 しばらくすると、なにやら廊下からほのかに香ばしく甘い匂いと人影が近づいて来る。


「お、帰ってきた……なんだ、あれ‼」


 匂いの正体が気になる者らは次々と立ち上がる。彼らが目にした配膳用のトレーに乗っているのは、余りの卵白で作ったメレンゲをベースにした『シフォンケーキ』だ。マヨネーズ作りで余った卵白がもったいないので作った。ちなみに砂糖が足りないので、代わりにハチミツを使ってみた。


 その蠱惑的に甘く香ばしい匂いに、腹を満たし切れてない者達もそうでない者も、それは別腹であると知らせる腹の音を鳴らす。


「じゃあ順番に配るので席に戻ってくださいね」


「「「「「はいっ‼‼」」」」


 さすがは精鋭の騎士団。

ピシッと一瞬で、一糸乱れることなく着席する。そして各々の前には順番にシフォンケーキが置かれ、眼前に置かれた事により甘い匂いが鼻を刺激する。


「じゃ……行き渡りましたかね?

『デザート』のシフォンケーキです

皆さんどうぞ」


「ち、ちょっと待って頂きたい!」


タイガー騎士団長がガタリと立ち上がり驚愕を顕にする。


「いま……デザート……と申しましたか?」


「え、あ、はい。それが何か?」


「その、我々が……食べてもよろしいのでしょうか?」


「……?

もちろんいいですよ、そのために作ったんですから」


「「「「‼‼⁉」」」」


 せっかく作ったんだから食べて欲しいと言っているだけなのに騎士団の面々はなぜか感激している――中には涙を流す者まで。

タイガー騎士団長も感涙しながら、まるで戦場で鼓舞する時のように声高らかに団員らに呼びかける。


「いいか!これはコムギ殿からの御心である、感謝して頂くのだ!」


「「「「ははっ‼‼」」」」


「……では……いただきますっ‼‼‼」


「「「「「いただきますっ‼‼」」」」


 さっきの着席と同じく、ビシッと手を合わせ、見事に揃った声だった。なにやら気合いの入り具合が凄い……。

 黙々と、しかし時に美味しさに破顔しながら、時に感激からか薄ら涙を浮かべながら、いかつい男らがケーキを食べる姿はシュール極まりない。タイガー騎士団長もパシェリさんも美味しいと言いながら涙顔だ。


「な、なぁリーン……」


「な"んであ"りま"すか?」


「……なんでリーンもちょっと泣いてるのさ」


「ゴムギさんがぁ……やざじぐってぇ……」


「え、ゴメン、ちょっと意味がわからないよ……」


「……恐らくはこの『デザートの意味』ですよ」


 答えるのはやはり薄ら涙を浮かべながら、嬉しそうに答えてくれる料理長。


「甘味やデザートは本来、王族や上級貴族、限られた者だけが口に出来る物です。

もし、他に口に出来る機会があるとすれば、褒美という形が多いのです。

――恐らくは『英雄コムギ殿からの褒美』と受け取ったのでしょうな。しかもご自分でお作りになられたとあれば、これ以上の誉れはないでしょう」


「そんな大袈裟な……」


「いやいや、ご謙遜を。

自ら食事を振る舞い、我らと共に食事をし、しかもデザートまで。これ程、慈悲ある英雄殿に心打たれない者はありませんよ。

それに……彼らはこないだの魔物との戦いで心身ともに披露しただけでなく、騎士団の面目を失いかけていたのですから……」


「面目を、なぜ?」


「――それは私から説明します」

 食べ終えたタイガー騎士団長が言いにくそうな内容にも関わらず話してくれる。


「コムギ殿がいくら稀代の英雄で目覚ましい活躍をしたと言えども、もう少し騎士団が善戦しても良かったのではないか、何の為の騎士団だ、と批判が上がっておりまして……。

それ我らも憔悴し、騎士としての意義や訓練への意欲を無くしかけていたのですが……」


「ですが……?」


「コムギ殿の実力やパン、デザートを間近で見て、食べて、労ってもらって奮い立たない者等、騎士団にいませんよ。

――見てください、皆やる気に満ち溢れた良い顔になっているでしょう?

きっと今日は記念日になりますよ、騎士団の新たな門出として」


「そ、そうですか。それなら良かった」


 ただパンやケーキを焼いただけなのにここまで持ち上げられると、そんな意図はないと今更言えず罪悪感が止まらない。同時に穴があったら入りたいくらいの羞恥も感じていた。


「そして……私共もコムギ殿の仕事振りを見て、失っていた料理への情熱が戻りましたよ。

『喜んで貰う為に料理を振る舞う』

これまで忘れていた感情と料理を作りたくて仕方ない衝動に駆られる程に。

本当にありがとうございます……‼‼」


 後に帝国随一の料理人と名を馳せる料理長とは同じ食べ物を扱う職人として。

 最強の騎士団を率いる勇将と名を轟かせるタイガー騎士団長とは戦友として、ガッシリと力強い握手を交わす。

 憂いや迷いを断ち切った彼らの目の奥には熱いものが宿っていたのをコムギは確かに見たのであった。

 


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