第108話 ベーコンエッグ
意思を持つ鳥の様に、空を舞う3枚のブーメラン。それらを『とらえる』べく出したオレなりの答え。それは、これだ。
グッと足に力を入れ、【
「えっ⁇」
「えっ⁉」
「えっ‼」
ここにいる兵士達が一度は目にした、コムギが飛行する様子を改めてまじまじと見た彼等。その反応は驚嘆や尊敬、好奇心、中には崇拝に近い感情を抱くなど様々だった。
「本当に……飛んでる……」
「くー、カッケー‼オレもいつか必ず‼」
「彼はやはり神の使いか……」
地上での混沌ぶりをよそに、当のコムギは飛行するなりブーメランを掴もうと必死だった。高速回転するブーメランは上手く掴めず、手で弾くと同時に軌道を変えてしまう。
「くっ……こうなったら……。
――そこだ!」
飛行速度を上げ、ブーメランの正面に周り込む。手で掴むのを諦めたコムギは、ブーメランの軌道に先回りする事で正面から身体で受け止めた。
「痛っつ……思ったより痛いわ、これ……。
でもあと2枚!」
コツを掴めば、あとは同じ作業をやるだけ。コムギは受け止める際の衝撃から来る少しの痛みを我慢しつつ、あっという間に3枚全てを『捕え』た。
制限時間内に全て確保出来たと喜んだのは束の間。
「どうです⁉3枚」
「……コムギ殿、記録0枚です」
「――え⁉
なんで⁉」
「目標設定は3枚のブーメランを破壊する、ですから……」
「し、しまった‼
どうやったら『とらえられる』かばかりに気が回ってしまっていた……」
『目的』と『手段』を履き違えてはならない
――経営において最も大事な考え方だ、それを日々忘れない様に気を付けてきたのに、まさかここでやってしまうとは不覚……‼
あってはならないミスを冒したショックに愕然とし、膝から崩れ落ちたコムギ。そんな落ち込む彼をパシェリが気遣う。
「まぁ……空を飛ぶなんて攻略方法を見たのもやってのけたのもコムギ殿だけですよ。
これで全て終了ですが、お陰様で素晴らしい結果や珍しいモノをたくさん見れて、我ら一同とても良い刺激を頂けました。
本当にありがとうございます‼」
「ど、どうも……。
いやぁ、最後はポカしましたし、あんまり良いとこなかったですね。
タイガー騎士団長、色々すみませんでした」
「なんのなんの‼
パシェリも言いましたが、本当に良い物を見せて頂きました。
我らが目指すべき高みは、まだまだ遠いとよく分かりましたからな」
うんうんと同意する団員達。
やる気に満ちた輝きが彼らの目に宿っていた。
「これからの訓練はさらに厳しくしますぞ、ハハハ‼」
嬉しそうにかつ豪快に笑う騎士団長に対し、少し意気消沈する団員達……。
「――さて、そろそろ良い時間ですね。
オレはパンの仕上げをしてきますから、皆さんは訓練の続きでもしておいてください」
「では私も何か手伝いますよ」
パシェリさんの一言が再び彼等に火を着けた。どうやら騎士団では抜け駆けご法度らしい。ガタイの良い男達に詰め寄られる積極的なアピール合戦が勃発する。
「ズルいぞ!自分もやります!」
「いや、俺がやります‼」
「待て!ここは騎士団長たる俺が……」
「「「「「
「……俺、騎士団長なのに」
膝を抱え、シュンとイジける姿に哀愁を感じる。なんとも不憫な……。
「あの……アタシも手伝うでありますっ!」
リーンも負けじとぴょこぴょこと男達に交り、アピールする。今のむさ苦しい状況のせいか、より小動物の様に見える。
と、とりあえず早く決めてしまおう!
「じゃ、じゃあ……パシェリさん、リーンにお願いします」
「よっしゃ!」
「はいっ!」
他の団員達からの突き刺さる嫉妬の視線もなんのその。ほくほくと嬉しそうな2人を連れてオレは訓練場を後にした。
◇◇◇
厨房に着くなり、手早くあらかじめ仕込んでおいた生地を小さく切り分け、薄い10センチくらいの円形に成形する。
切り分けた生地を整えながら鉄板に並べる終え、オレは具材の用意をする。
「うぅむ……なかなか見事な手際だ……」
「成形もあんなに早く、正確に形が整っているとは……」
「今日はしっかり勉強させてもらおう」
自身からすれば慣れた動きだが、見慣れぬ者達にはその手際の良さがまるで魔法の様に見えるらしい。感嘆の声を上げるコック服の3人。
ちなみにこの厨房にいるのはオレ、パシェリさん、リーン。そして厨房の料理長とほか二人だ。
本来なら彼等が使うべきところお願いしたら、逆に仕事を見せて欲しいとお願いされてしまった。どうやら食べる物への探究心はどこの世界でも同じらしい。
これから使うのは大量の卵とオイリーブの実からでた油。これはオリーブオイルによく似た油で色々と使い勝手が良い。
そして最後は燻製肉、いわゆるベーコンだ。
「こんなにたくさんの卵をどうするんですか?」
「燻製肉も結構な量を使うんでありますね……」
「みんなたくさん食べそうだから、念のためちょっと多目に用意しただけだよ」
作業台の上にカゴいっぱいで盛られている材料を見て、これからやる作業への好奇心と少しの不安が混じった様子のパシェリさんとリーン。
「じゃみんなにはこれらの材料をマヨネーズを作って貰おうかな」
「「「「「マヨ……ネーズ⁇」」」」」」
さすが騎士団の厨房、調味料も道具も揃っ
ているので皆の腹を満たす量を作れそうだ。
「そう、マヨネーズ。
卵からと油、ちょっとの酢と塩から作られるソースみたいなもんだよ」
こちらの世界にはどうやらまだマヨネーズはないらしい。手軽に味をマイルドにしつつ、深みを持たせてくれるので惣菜パンには欠かせない大事な要素だ。
見本が無ければ作れない、という事でまずお手本をオレが見せる。
割った卵は卵黄だけを使用するので、卵白は避けておく。(後である物に使うからだ)
その卵黄に少しずつ入れたオイリーブオイルと酢と塩をしっかりかき混ぜ、もったりと固くなったら完成だ。
「これがマヨネーズでありますか?」
「なんだか白っぽくてドロっとしたソースですね」
「少し酸っぱい匂いもします、どんな味なのか気になります………」
「味見は後で。
気を付けて欲しいのは、油は少しずつ入れその都度、しっかりかき混ぜる事!
半端な混ぜ具合だと美味しいマヨネーズにはならないので注意してくださいね」
注意点を述べつつ、手本を元にマヨネーズ作りをやってもらう。
その間、手が空いたオレはベーコンを薄切りにする。もちろん量が多いなのでマヨネーズ作りが終わった人から順に切るのも手伝ってもらい作業を迅速に済ましていく。
「よし、これで準備が整った。あとは――」
生地を覆うようにベーコンを乗せ、土台を作る。そしてマヨネーズで土手を作り、そこに卵を割る。仕上げに高級品らしいコショウの実を砕いた、ブラックペッパーの様な物を振りかけ、一気にカマドで焼き上げる。
「香ばしい匂いがします……‼」
「う〜ん、早く焼けないかな……⁇」
「あ。
待ってる間、マヨネーズの余りを試食してて良いですよ?」
――キュピーン‼
待ってました!と言わんばかりに皆の目が輝き、マヨネーズの余りを試食し始める。
「こんなにシンプルな材料なのに不思議な食感と複雑な味わい!」
「つい……手が……止まらないであります‼」
「料理長!これは……すごいですよ‼」
「……あぁ!味の革命が起きるぞ――いや起こすのだ、我らがここから‼」
「「はいっ‼」」
どうやらマヨネーズは気に入ってくれたらしい。皆の手が止まらず、夢中になっているのを横目にし、パンを焼いているうちにオレは『もう一つ』の用意をしておく。
砂時計の砂が全て落ち、焼き上がりの良い匂いが厨房一杯に立ち込め、出来上がったパン。
シンプルだが、ボリュームがあり飽きの来ない定番の惣菜パン。
卵とベーコン、マヨネーズの三重奏が織りなすパン――『ベーコンエッグパン』の完成だ。
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