第73話 帝国からの黒いパン
「うーん、デカイし重いコイツをどうしましょうか?」
皆で討伐に成功したは良いが、どう運ぶか。荷馬車を轢いていた馬は無事だが、荷馬車は破損し使い物にならない。
「せっかくの大手柄なのに、チクショー……ついてねぇ……」
運ぶ手立てがないなら、ここに置いていくしかない。しかし準備をして再び戻る頃には野生動物に遺体を食べられたりして破損しているかもしれない。
にっちもさっちもいかない、この状況にカリュードさん達はガックリと肩を落とす。
「……試す価値はあるかもな……」
「え、何か言ったか?コムギさん⁇」
「いや……ちょっと試したいことがあるんで」
「はぁ……試す?」
そう言うやいなや、ウォームワームの遺体に手を触れ、まずは氷漬けにする。
ピキピキピキッ…!っと触れた部分から一瞬で氷が包み込み、巨大な氷の塊が完成した。
「「「「おおぉっ⁉⁉」」」」
どよどよと観衆と化しているカリュードさん達が驚きの声を上げる。
「こっからが本番だな、上手く出来るかな……」
氷漬けに再び手を触れ、改めてイメージする。頭に浮かぶのは『風船』
フワフワと空中を漂う、軽い物。
「上手くいってくれよ……【重量操作・軽】っ!」
祈る様な気持ちで、力を込め端から見ると変化の無い氷漬けをゆっくりと持ち上げる。
すると……。
「お?」
「おお⁇」
「おおお⁇⁉」
「おおおおお‼‼⁉」
「軽いっ!
成功だ!この大きさなのに、まるで重さを感じない‼
ぃよーしっ‼」
コムギが見せつけるかのように調子に乗って頭上に掲げるが、その大きさゆえにバランスを取るのが難しい。しかも風を受け右に、左に、と煽られてしまう。
「おっとっと……あっ、やべっっ⁉」
思わずバランスを崩してしまう。
だがオレが転ぶ事はなかった。
「気を付けてくださいよ?」
「つぶされちゃったらと思うとぉ……」
「へへへ、それに一人で格好は付けさせないぜ?皆で倒したんだからな⁉」
ウルにリッチ、それにカリュードさん達ハンターが氷漬けをガシッと掴み、支えてくれていたからだ。
「みんな……」
「さ、荷物を回収してコイツを皆で運んで凱旋と洒落込もうぜ‼‼」
「「「おおおぉぉぉー‼‼‼」」」
◇◇◇
軽いが国境から距離があるため、運ぶのは思ったより大変だった。やっとの想いで街まで戻ってきたオレ達を待っていたのは王様の使いだった。まさかもうウォームワームの討伐が耳に入ったとか?まさかね……。
とりあえず用があるのはオレだけ、とのことでウルとリッチにウォームワームの事後処理を任せ、城に向かうことにした。
◇◇◇
「待っていたぞ、コムギ。
国境付近では色々あったようだな、報告は聞いておるぞ。
なにせ貴重なウォームワームだ、国で研究するため買い取る事にしたから安心しろ」
「はあ、そうですか。やっぱりもう知ってるんですね、大物の相手で大変でしたよ……。
前にも言いましたがオレは『パン職人』でハンターじゃないんで、そろそろ本業に専念したいですね」
思わず少し嫌味を込めた返事をしてしまう。王様には悪いがそれなりにストレスと負担がかかっているのは事実なんだからな。
「ははは……」と苦笑いする王様。
ぐうの音も出ないというのが本音だろう。
「……で、今日はなんですか?
国境付近から帰るなりの呼び出しなので、くだらない案件なら疲れてるので帰ります」
ピシャリと釘を刺しておく。
でないと、また厄介事に巻き込まれかねない。
王様が片手を上げ、合図を出す。するとセバスが先程から持っていた白い布で覆われた何かを、コトリ、とテーブルの上においた。
「うむ、今日わざわざ来てもらった要件はこれだ。先ほど届いてな……。コムギに見てもらわないと正体がわからないという話になって呼び出したのだ」
そう言ってその白い布の下から現れたのは
『黒いパン』だった。焦げているわけではない。正しくは焦げ茶色と灰色が混じった様な色の、丸く網目模様のあるパンだ。
「これは、まさか……?」
「わかるのか?
メロンパンに似ているがまるで違う。
こんなパンを俺様たちは見たことがなくてな。うちの職人の2人、ほれ面倒見てもらった2人にも聞いたが見たことがないというからな。
パンならばコムギだと思い、呼び出したのよ」
あの2人とは以前指導した双子、クラムとクラスト。この城お抱えのパン職人だ。
この世界のパンの知識は俺よりあるはずの彼らがわからないなら、この『黒いパン』は最近産み出されたのか、それともこの国のものではないのか?
うーん、と考えていると
「その顔から察するに、お前の推理は当たっているぞ。これはこの国のものではない。
……ベッカライ帝国から届いたものだ」
「帝国からなぜこれが届いたんですか?」
「うむ、あの国の
それにヤツは、アンに惚れていてな……何度フラれてもアタックする
一息に捲し立てるように話すと、はあー……と王様が大きなため息をつく。
(やっぱりそうなのか。
市場で聞いた噂通りだ、改めて聞くと子供っぽいのかな?)
「今回は手紙も一緒に届いた。
読んでみろ、お前にも関係があるからな」
「オレになんの関係が⁉」
いいから、とズイと出された手紙を受けとる。読み書きはウルからリッチと一緒に習っているから大体の内容はわかるのだが、所々読めない箇所をセバスがフォローして読み進めていく。
「……えっ⁉」
読み進めて思わず目を疑ってしまった。
内容はこうだ。
『メロンパンは兵器である』
『人々を魅了、誘惑し、微弱な中毒性のある大衆兵器だ、そんな危険なものを野放しにはできない』
『対抗のため、われわれも無力化する兵器を遂に完成させた。
このパンを食べれば、中毒性は弱まるはずだ』
『そして小麦粉の供給を止めた今、貴国に勝ち目はない』
『降参するなら、アンを嫁に寄越せ』
「な……なんですか⁉⁉
これえええええぇぇぇぇ⁉⁉⁉⁉⁉」
荒唐無稽すぎてつい叫んでしまった。
「つまりはそうゆうことだ。
お前にも責任はあるということだな」
「そんなバカな!」
「だから言ったろう、
本名カイザーゼンメル、つまり『バカイザー』だな。よし、今後こう呼ぶことにしよう。
「バカイザー……バカにしやがって。
……そもそもこれはメロンパンじゃないっつーの!」
「え、そうなのか?」
王様もセバスもキョトンと呆気に取られた顔をする。色の違いもあるが、この『黒いパン』はそもそも原料や製法がまるで違う。
そう、このパンは……
『ドイツパン』なのだから。
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