第74話 メープル

 帝国の黒パンこと、ドイツパン『バイツェンミッシュブロート』が届いてから王様は事態を収拾するため、あちこち奔走しているらしい。

 また食糧問題と従妹のアンさんの婚姻のどちらを取るのかと世間もその動向に注視していた。


「王族も大変だよなあ……」


「そうですね、継承権やら権力の話がついて回りますし。私も身に覚えがありますから同情しますよ……」


「王様もアンさんも、なんだか可哀想です……」


 そう語り合うオレ達はベーカリー・コムギの店内で一休みしているところだ。

 今日は店の大掃除。全員掃除用に汚れても良いラフな格好をしている。

 今まではショー二さんの協力と好意により商会の前で出店販売していたが、そろそろ本格的に店の営業再開をしたいと考えていた。

 当分は米粉パンがメインのラインナップになるが、商会を通し前の1/3くらいの量だが小麦粉も手に入るので営業はなんとか出来そうなのだ。


 そしてなによりお客様からの要望が多かったからだ。それこそ、営業はいつからなのか、という期待の声が聞こえない日はないくらい。「お客様からこれだけ支持されているんだ、やらなきゃな」という使命感がオレ達を駆り立ていた。


「さて、あと少しだな!

一気に終わらせよう!」


「「はい!」」


 作業を再開して程なく、売り場の掃除をしていると床の端にキラリと光るものが視界に入る。


「あれ……これは?」


「あれ?これは見たことありますね、たしか王族に関係する人間が身につける装飾品です。これが無いと城に出入りが出来ないとか」


「オレが貰ったのと同じだ。

オレのはここにあるし……なんでそんなものが?」


「さぁ……⁇」


 拾った小さな刻印入りの金バッジを摘み、ウルと2人で不思議だなと首をかしげる。


……ミシ……!


 不意に天井から軋む音がする。空耳じゃない、他の二人も聞こえたようだ。アイコンタクトで静かにコクリと頷き、全員警戒する。


(なんだ、天井からか?

この真上の二階には倉庫があるけど、なにかあったのか?)


 ウルと頷き合い、リッチに一階を任せ2人で二階に向かう。音の発信源であろう倉庫部屋に窓はないから、出入口はドアだけだ。

2人でそろり、そろり……と近づいていく。


キィ……


(っ⁉

出てきた……‼)


 陰に隠れ、ウルと合図で取り押さえるべくとアイコンタクトをする。

1……2の……今だっ‼


「っ‼⁉」

「捕まえたぞ‼‼」

「くっ、放せ‼‼」


 侵入者が必死に反抗する。

だがオレたち2人がかりに敵わない、敵うわけがない。

……なぜならオレたちの目の前の侵入者は


「「女の子ぉぉ⁉⁉」」


 侵入者を見て2人で仰天してしまった。

 そして同時にその子から離れる、さすがに大の男2人で抑えていたら見る人が見たら逆にこちらがマズい。


「えーと……なんで君はここに⁇⁇」


 リッチよりは年上だろう、その子は耳や尻尾から察するに猫の獣人の様だ。

 観察していたオレの視線が気に入らないのか彼女がキッ!と鋭くこちらを睨む。明らかに殺気混じりで、威嚇の迫力に思わずビビってしまう。


「……店長、やはりシメてやりましょう。

お任せください、ナメたガキをしつけるのも大人の責任ですから……」


「うん、やめたげて。

女の子だし、それに暴力はダメだよ。

大人ならまず対話からしなきゃ」


 両手をパキパキと鳴らしながら今にもシメそうなウルをどうにかなだめる。


「ま、まあ……まずは話を聞かせてよ。

君はだれ?

なんでここに?」


「……」


「…………」


 問い掛けに彼女は何も答えない。お互いに無言になり、気まずい重い沈黙の空気が漂う。


「やはりシメ……」

「いいから」

「はい……」


 なぜ、すぐにバイオレンスな手段に走ろうとするのか?今までどんな生活してたんだ⁇


「ごめんね。

怖がらせたり、なにかするわけじゃないんだよ。


ただ一応、この店の主はオレなんだ。

理由は聞かせてほしいな?」


「……ここに行けと言われた」


「誰に?」


「……お嬢様」


「お嬢様?」


「……アンジェリーナお嬢様だ」


 アンさんの関係者なのか、この子。

どうゆうことだ?


「どうしてアンさんはここに行くよう君に指示したのかな?」


「もしかしたら助けてくれるかもしれないからって」


「助ける?

何かに襲われてるの?それともなにか危険な事?」


「……アンジェリーナお嬢様が帝国に行くことになっちゃうから」


「例の婚姻の話を受けるってこと?」


………ぐす……ぐすっ………

「うわあああああん‼‼‼‼」


「ど、ど、どうしよう……」


 いきなりの号泣に思わず、ウルと2人してオロオロと狼狽えてしまう。その声に驚いたのかリッチが階下から上がってきた。なにがなんやら事態が掴めないオレ達はその子をとりあえず落ち着かせるため一階に連れていった。


◇◇◇


……ぐすっ……

 椅子に座らせ、一頻り泣いた女の子は涙を拭い、キリッとした顔と姿勢を正す。目を腫らしながらも、真剣な眼差しでオレ達に向き合う。


「……お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。

 あたしは王家の情報収集を担当しております、メープルと申します。」



「メープルか、王家の関係者だというけどなんで倉庫にいたのさ?」


「コムギ様の監視と、情報収集ですね。

あれだけの話題の商品を作る現場の秘密を知りたくて……任務と半分は興味です。

申し訳ありませんでした」


「理由はわかったけどさ、なぜアンさんがここに行けって命令を?

帝国への婚姻が関係あるの⁇⁇」


 核心をついた質問だったのか、ぎゅっと力強く拳を握り締め、悲痛な面持ちでぽつりぽつりと語り出す。



「……お嬢様は国のために犠牲になることを選ばれました。きっと苦渋の選択だったに違いないのです。……それでもなんとかならないかとお考えになり、貴方様にお力添えを頼みたいと……」


「オレに⁉」


 そんな大事に頼りにされても自信ないよ、話が重大すぎて。国と国のやり取り、しかも結婚なんて人の一生のビックイベントじゃないか。荷が勝ちすぎる問題だよ。

頼られるのは少し嬉しいが、やはりゲンナリしてしまう。


「お嬢様は貴方様を信頼しておいでなのです。どうか……お願いいたします。どうか……っ!」

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