第72話 怒らせてはいけない

 得体のしれない不気味な音が近づいてくる。

(いったい何なんだ……⁉)

 長年のハンターとしての経験が深刻な危険だと察知したカリュードさんが怒声気味に叫ぶ。


「逃げろ、ウォームワームだ‼‼」


 その声でハンター達は青ざめ、一斉に一目散に走る。激しい断続的な揺れに翻弄されながらも、慌ててオレ達もカリュードさんと逃げる。


(あぁ……せっかく作ったオレのパンたちが……。

ウルが頑張って作ったホットドッグが………リッチが苦労して作ったサンドイッチが……。

 朝からみんなで苦労して作ったお弁当達が荷物の下敷きになってつぶれてしまった………くそっ、絶対に許さん‼‼)


 そうはいってもまずは安全確保が最優先。

危なくない距離まで逃げる。


「ハァハァ………ウォームワームってなんですか⁉」


「そいつはな、地面の中を移動するバカでかい蛇みたいなミミズだ。しかもデカイだけじゃなくて火を吐く厄介なヤツなんだ。遭遇したら必ず逃げろってのがハンターの常識なのさ」


 火を吐く巨大なミミズ、想像するだけで怖い、そんなにヤバイやつが近づいているなら逃げるしかない。

 ひたすら走って、なんとか音と揺れのしない辺りまで逃げてきたが、せっかくの収穫や馬車、いろんな荷物も置いてきてしまった……。もったいないが仕方ない、命が大切だもんな。だがそれと同時に沸々とした怒りが湧いてきていた。


(手ぶらで帰るのもなんだかシャクだな。

それに、パンやサンドイッチの恨み……)


「店長、貴重品をすべて置いてきてしまいましたが、どうしましょう?

正直、道具や装備なども無いと今後困るものばかりです」


 息を切らし、肩で息をするウルが確認を求める。オレもさすがに貴重品はなんとか取り戻したい。


「マジか、それはまずい。なんとか回収できないかな?

カリュードさん、ウォームワームってこの国境付近ではよく見かけるんですか?」


「いや……ごく稀に見かけるくらいで、老ハンターの中にも見たことがないという人がいるくらい珍しい魔物だ。それを見かけたのは運がいいのか、悪いのか……」


「え、えっとぉ……ソーセージラフとどっちが価値あるんですか?」


リッチが『珍しい』という部分に興味を持ったのか、素朴な質問をぶつけている。


「う~ん……そうだなぁ……。

発見しづらいという珍しさと魔物としての討伐難易度が高いウォームワーム。

食材としての使用可能部位の豊富さと上質な味という価値ではソーセージラフかな」


「なるほど、つまり味とかの食用よりも、ウォームワーム自体に価値があるということですよね?」


「そうなるかな、ウォームワームは本当に珍しいから生態もよく分からないので学者連中に高く売れるんだよ」


「……これだ」



 今日の収穫が悪いなら、邪魔した『ヤツ』に償ってもらおう。


……食べ物の恨みがどれだけ恐ろしいということを、思い知らせてやる‼‼‼



「すみません。カリュードさん、オレは戻ります。道具や貴重品を取りに行きたいんです。


……それに『ヤツ』はオレに対する最大の侮辱と怒りを与えてくれました。

何としても、その罪を償わせます。


……邪魔しないでくださいね?」


 ひぃっ⁉っとその場にいる全員が身をすくめた。ウルとリッチもお互いに抱き合いながらガチガチと震えている。

 それほどオレの怒りが、殺気が出ているのだろう。無理もない、これほどの怒りを覚えるのはいつくらいか、記憶にないから。

 さて……行くか。

 大切なパンたちの仇を取らせてもらうぞ、蛇ミミズ!


 ふわっと風魔法で体を浮かせる。

ハンターの中には初めて見る人もいるようで、おぉ!と驚いている人もいる。逃げられたくないので、全速力で風魔法による飛行で元いた場所に向かう!


◇◇◇


 さすがに全速力で飛ぶと速いな、走ったら長い距離もあっという間だ。


(さて、ヤツはどこかな……いた!地面から体を出している!)


 紫色の巨大なミミズが蛇のような大きな口を開けオレ達が狩った魔物を食べていた。

もうほとんど食べ終わっていたようで、あと残り少しといった具合だ。


 (本当にあの蛇ミミズを狩らないと今日の収穫がゼロになってしまう……何としてもそれは避けたい!


そして、パンの恨み………‼‼‼‼)


 着地して蛇ミミズに向き合う。

こちらに気付いた蛇ミミズはオレを食べようとして大きな口を開けて向かってくる。


「蛇ミミズが……‼

オレのパンと、ウルのホットドッグと、リッチのサンドイッチ、みんなの努力になにしてくれとんだあああぁぁぁ‼‼‼‼‼‼‼‼‼」


 全力で氷漬けにしようと両手で大地に力を込める!普通の魔物なら凍っていただろうが、暴れて抵抗されたせいか、巨体の半分を凍らせたくらいで勢いが止まってしまった。


「くっそ………」


 そして蛇ミミズは自分の体躯の凍っている部分に向かって火を吐いて溶かそうとしている。


(まずい、このまま溶けたら逃げられてしまう!)


「だったらこれでどうだ⁉

悪いことをしたら、頭を下げてゴメンナサイだろ⁉」


覚えたばかりの【重量操作・重】でミミズの動きを鈍らせる。


「ぐ……くっ………」



だが、思ったよりも蛇ミミズには動きが鈍る程度で効き目が悪い。


(ダメだ、やはり体がでかすぎて上手く抑えきれない‼意気込んできたもののこのままじゃ……ん?)


「「「「「うおおおおおぉぉっっ」」」」


 オレが苦戦しているところにみんなが駆けつけてくれた。荷物の破損具合、魔物を食べられた残骸を見てさらに奮起したようだ。


「手柄を独り占めするなよ!」

「こいつをやらなきゃ、オレ達は飯が食えなくなるしな」

「野郎ども!今日の大一番だ、絞まっていくぞ‼」

「「「おおおお‼‼」」」


 そして合流した皆が足止めや注意を引いている間に、オレが力を振り絞りヤツをなんとか氷漬けにする。


「今です!」


「もらったあ‼‼」

咆哮を上げ、カリュードさんが決死のとどめを刺す!


ズ……ズゥゥン……‼‼‼

蛇ミミズことウォームワームは力無く倒れ込み、そのまま動かなくなった。


「ウォームワーム討ち取ったぞぉぉぉ!!」


「「「よっしゃああぁぁぁぁ‼‼‼」」」


 歓喜に吠えるオレ達。皆で力を合わせた結果、蛇ミミズを倒すことが出来たこの勝利にも価値があるだろう。


(よかった、これで荷物が回収できる。

それに、これでパン達の恨みは晴らせたな……)


 歓喜の輪から外れ、物憂げにウォームワームを見つめるコムギ。

 その視線の先にあるのは、歴史上数体しか討伐記録のない巨大で危険な魔物の変わり果てた姿。

 そして、辺りに広がる『銀氷の世界と深大なクレーター』全てコムギの能力に依るものであり、ウォームワームをこれらで止めなければ決して自分達程度のハンターが討伐出来るはずもなかった。

 改めてコムギの凄まじさを語るにふさわしい景色を間近で見て、カリュード達はゴクリ……と息を呑む。


(((コムギさんを怒らせるのは絶対に止めよう……特にパンについて……)))


 視線に気付き、ん?と振り返るコムギに皆、苦笑するしかなかった。

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