第41話 憧れと

「なぜだ、なぜこんなことが!

それに《パン職人》?

なんだそれは!そんな職業、聞いたことないぞ!?」


足元を氷漬けにされたまま、貴族が身動きが取れず、苛立ちを含ませた声で喚きながら問いかける。


(みんな同じリアクションでそろそろうんざりしてきたな、、オレ以外に本当にパン職人いないのか?

さて、荒事もそろそろ終わらせないと。

お客様たちも待たせちゃいけないし)


「では、お引き取り願えますか?」


「いや、凍ってるから動けないんだけど」


「あ、そうか。

んじゃ、、ちょっと待ってろよ」


今度はさっきの逆で手から炎をだし、地面に熱を加え、熱伝導で辺りの氷を溶かす。


ジュワ~、、、、。


(よし、こんなもんだろう。なまじ炎を出しすぎて火事になると困るからな)


ゆらりと立ち上がり、貴族達に向き直る。

オレに怯えているようで、彼らは明らかに戦意喪失し足がすくんでいた。


「ひっ、ひい、、なんなんだよ、あいつ!」

「は、早く逃げろ!」

「死にたくない、助けてくれぇ!!」


貴族の取り巻きたちはみんな一斉に逃げ出す。蜘蛛の子を散らすとは正にこのことだろう。そしてその場には未だに立ち上がれない貴族だけが取り残された。


「ま、待て!わしを置いていくな!」


ゆっくりと一歩一歩、貴族に向かって歩みを進める。


「ひっ!近寄るな!」


まるで未知の化け物を見るような目と怯えて震えが止まらない様子の貴族は必死に退散しようとするが腰が抜けて立ち上がることが出来ないようだ。


そして、コムギは目線が合うようにしゃがみこみ、強く念を押す。


「ではお客様、お引き取りを」


少し威圧感を与えるような『作った笑顔』でのお願いにコクコクと全力でうなずき、自らの意思通りには上手く動かない手足をなんとかバタバタ動かし貴族はその場から退散した。


その様子を一部始終見ていた観衆から、ワッと喝采と拍手が起きる。

「あんちゃん、やるな!」

「胸がスッとしたよ」

「炎に氷に、おまけに空を飛んで。あんた何者なんだい?」

もみくちゃに取り囲まれながらも周りに被害がなかったことも念のため確認する。


「ウル、大丈夫か?

さ、メロンパン販売の続きをやろうか」


問い掛けられたウルは目の前で起きた数々の現象を信じられずにいた。

武器を持った相手をも恐れない勇猛さ、数々の魔法を使う実力者としての姿に猛烈に衝撃を受けたからだ。

しかも冷静に、被害をほぼ出さずに事態を収拾するという機転まで効かせての行動。


(やはり見る目は正しかった!

自分にはない強さをもつ、この人の元で働けば自分がさらに成長出来るに違いない!)


期待に胸が高鳴る。

そんな高鳴りを彼は今まで知らなかった。

だからこそ、より高鳴りの原因となっている目の前の人についていきたいと改めて強く思ったのだった。



かつてショーニの元で約10年、商人として様々な修行をしてきたが自身の成長に伴い、最近物足りない日々を漫然と過ごしていた。仕事での結果は大抵しっかり出るし、足りない物がないと感じていた彼は刺激や新しい発見に飢えていたのだ。


そんな最中ついにウルは「彼」に出会う。

《パン職人》と名乗る男に。

驚いたのは能力の高さ。考えもつかなかった発想やそれを用いた知略、さまざまな魔法を使いこなし、高い身体能力も兼ね備えた、嫌味のない人格者。

もしかしたら、チャンスがあればもっと自分が成長できるのでは?とウルはコムギの出現に誰よりも歓喜していた。


そしてある日、諸侯会議の手伝いをすることになった。重大な場面だ、失敗は許されないというプレッシャーもコムギは気にする素振りもなく、綿密に話し合う中で彼の深い知識にまず感服した。


(試食という手段だけでもこんなに考える事があるのか。大切なのは、相手がどうすれば楽しく、そして美味しく喜んでもらえるのか、か、、)


またメロンパン作りを手伝うにあたり必要な技術などを指導され、初めてのパン作りの楽しさ、五感をフルに使った刺激、ありとあらゆるコムギの仕事に感激したウルの想いはついに爆発する。


「自分は進むべき道と師をついに見つけました。会長には申し訳ありませんが、商会を辞めさせて頂きます。

今までお世話になりました」


と衝撃的な展開を迎えるのであった。

ショーニはもちろん周囲の人間たちは驚く。

なぜこんなことに、と。

それだけ、コムギに心酔してしまったのだと彼等が気付くまでには相当な時間を要した。

何よりその事態に驚いたのはコムギであることは言うまでもない。


そして今。

その判断が間違いじゃなかったと確信したウルは、さらなる奮起を心に誓った。

彼の胸中では爽やかな、しかし暑い夏の太陽のような想いが熱をを上げ、やる気が満ちていた。

(さあ、、忙しくなるぞ!)


「いらっしゃいませ!

人気の魔物パン『メロンパン』はいかがですか?」


彼は爽やかな笑顔で、『彼』の隣に立てる喜びと共にハツラツとした声で再び店頭にて並び立った。

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