第149話 晩餐会⑧ ダンス
皇帝と
集っている貴族らからすれば注目せざるを得ない2人、もちろんその始終を見ていない訳がなく。
「見たか、今――……」
「これから皇帝陛下以下、帝国がさらに盤石になるのは間違いないだろう」
「あえて
「いやはや、これで誰も彼に『手出し』出来なくなった訳だ」
皇帝と乾杯する意味、見ていた者らからすればその衝撃は予想以上だった。
少なくとも今後コムギに対して何かしらアプローチを仕掛けるには皇帝の意志が働く。
そう言わんばかりに見せつけた今回の乾杯は、牽制としての効果は抜群。
あざといくらい、見せつけるかのような乾杯。
皇帝なりにコムギを不貞な輩、不穏分子から守るべく取った
そんな事は露知らず、晩餐会の料理や酒を楽しむコムギたち。その平和な様子を年上の相手ながら親になったような気分で温かく優しく見つめ、皇帝は後ろ盾になった以上、彼の身に何もなく無事を願うばかりだった。
―――♪――――♬
ゆっくりとした場が華やぐような美しい旋律が響き始める。貴族ならではの社交の時間、ダンスの時間が始まろうとしていた。パートナーの座を確保すべく、音楽が始まる前から、コムギの元へ貴族令嬢達が殺到――するはずだったが、先程の乾杯が功を奏し、見事なまでに彼女達の
「いくらなんでも皇帝陛下と縁戚になるなんて家の格が釣り合わない……」
「功績や実績主義の帝国で皇帝陛下と義兄弟になられるなんて――高嶺の花すぎるわ!」
「ぐぬぬ、せめて他に良い男は――皇帝陛下、コムギ様を見てしまうと小粒すぎるわぁ」
「「「はあぁ〜〜〜………(がっくり)」」」
この晩餐会で、もしかして、あわよくば、と意気込んできたものの、この有様。見事なまでに撃沈し、ストーンと肩を落とした貴族令嬢達。
戦いにすらならない惨状に溜息を吐き、手持ち無沙汰の令嬢らを対比するかの様に、宮廷音楽家達が奏でる一流の音楽は揚々と場を盛り上げるべく響くのだった……。
「……なんだか可哀想でありますね」
「え?なんか言った?」
「いえ、なんでもないであります」
補佐の任務よろしく、ぴったりと寄り添うようにコムギの隣をキープし続けるリーン。
抗い様のない力の前に散る貴族令嬢らに同情しながらも、彼女らが喉から手が出る程欲しい立ち位置にいられる事を許されている少女の顔はどこか誇らしげな顔をしている。
音楽がすっかり場を温めると、周りの貴族夫婦や婚約者などパートナーが決まっている者達は優雅にステップを刻み、ダンスに興じている。
舞うドレス姿の女性らは楽しそうに、またパートナーと過ごす一時を嬉しそうにしており、リーンはその幸せそうな姿に釘付けになっている。
「いいなぁ……」
ポツリと呟く、憧れの想いを乗せた一言。
近衛騎士として皇帝の護衛のため、会場に居合わせる度に踊る大人の女性の姿を見ては、いつか素敵なパートナーと優雅に踊りたい。
夢想し密かに練習や手ほどきを受けていたものの、任務中の鎧姿では踊れる訳もなく、もちろんパートナーにも巡り合う事も無かった。
でも、今は違う。
似合っているかわからないけど初めてのドレスに身を包み、すぐ隣には心から想う素敵な
緊張と、ほんの少し――淡い期待からちらりと
やはり自分には魅力がないのか、それとも、いや、そもそも――……。
まだ一歩届かない。落胆と諦めから暗くなりゆく気持ちを抱き、目の前を踊る幸せそうな
「――踊ろう……か」
不意に掛けられた、思いがけない一言。
実はコムギが冴えない表情をしていたのは躊躇っていたから。ダンスの経験は全くなく、メイド長さんにレクチャーされたのが初めて。
そんな自分が誘うなんて、パートナーに迷惑を掛けるに決まっているし、恥ずかしい想いをさせてしまうだろう。
だがリーンからの
簡単なステップしか出来ず、リードも覚束ないだろうが、キラキラとした憧れを秘めた眼で踊る男女を見つめる
「コムギ…さん……!?」
スッ、と差し出された手。
ゴツゴツとした男らしい手に残された
その道程をこれからは自分も一緒に。
自らの強い決意を胸に誓い、優しく誘われた手を取る。
「……はいっ!喜んで!!」
音楽には乗り切れず、練習したステップもめちゃくちゃ。リーンにリードをしてもらいながらも、コムギは緊張からか足がもつれてしまい支えてもらうという役割が逆になる始末。
決してお世辞でも上手いとは言えない未熟なダンス。熟練者が集うこの場においては、ひどく不格好な物だが今の二人には関係ない。
少女の願いを叶えたい男と、彼を支えると誓った少女が舞うダンス。1人では踏み出せない一歩を、2人で踏み出し臨んだ舞台。
今は未熟でも、これから成長する中で築くであろう幸せな未来へ刻むステップをその場にいた誰もが見守り、晩餐会は主役の2人を優しく包みながら幕を閉じた。
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