第148話 晩餐会⑦ 乾杯
「頼み?なんですか?」
「うむ……。
その……なんだ。
王国に戻ったらアンに……謝っておいてくれないか?」
どこかバツが悪そうに表情を曇らせる。
アンさんに……――そうか。
皇帝なりに申し訳ないと思っていたんだ。
いくら帝国が窮地に立っていたとは言え、求心力向上というのため彼女を利用しようとしていたのだから。
「わかりました、必ず伝えますね」
彼の意思を汲み取り、了承の言葉を確認すると皇帝は、ほっ、と安堵した顔を浮かべ、曇らせていた顔が晴れやかになる。
「そうか、すまない。どうかよろしく頼む。
あと…だな……。
我と乾杯してくれないか?」
両手に持つグラスの片方差し出しながら、どこか躊躇いがちな皇帝。まるで断られないか、と恐れているようにも見える。
「乾杯?
――なんだ、そんなの全然大丈夫ですよ」
「ほ、本当か!?」
ここは酒の席だ、乾杯なら断る理由なんて、あるわけないけど。リーンにまだ食事が少し残っている皿を預け、皇帝から受け取るグラスは鼻をすっきり抜ける香りの良いワインが紅紫色に輝きながら揺れている。
「では――乾杯!」「乾杯!! 」
――チン!
二人は中に入ったワインを一気に飲み干す。
酸味が強く、鼻を通る葡萄の香りは爽やかでありながら、少し苦味を含んでいる。
若いワインの様だが、さらりとしていて飲みやすい、好みの味だ。
「 うーん美味い!
このワインの味からすると、クリームチーズやぶどうパンとか合いそうだなあ」
「こんな時でもパンの事を考えるんだな。
コムギらしい」
「ははは、すみません。パン屋やってるとつい…癖みたいなモノでして」
職業病とも言える癖を指摘された恥ずかしさを自嘲気味に笑って誤魔化す。
下戸だし翌日の仕事に響くから酒は普段からあまり飲まないが、こうゆう時は別だ。
思いがけないインスピレーションを得る事もあるし。
ふと、預けていた皿を受け取ろうとリーンの方へ見ると目を丸くし、口をぱくぱくと開けている。
まるで獣耳の生えた鯉みたいで面白い。
「コムギさん、今……皇帝陛下と乾杯しました――よね?」
「え、うん。
したけど。見てたでしょ?」
目の前で乾杯したんだ、リーンが見てないはずないのに彼女は目を丸くしながら驚愕を露にする。
わざわざ確認する程に重要な意味でもあるのだろうか?そう言えば、乾杯する前の皇帝も何だか妙だったような……。
「コムギさん。皇帝陛下と乾杯した意味の重大さ、わかってますか?」
「意味?さぁ?」
重大さ?乾杯が??
そもそも乾杯についてなんて深く考えた事無いな、酒の席で必ず交わす挨拶みたいなもんだと思っていたけど。
「乾杯は、盟友もしくは血縁はなくとも義理の家族としての証を立てる、という意味があるなんですよ!」
「へ?」
「必ず互いの意思を確認して盃を交わすので慎重に、かつ重みがある儀式なんです。まさか、皇帝陛下とコムギさんが――……」
「乾杯にそんな意味が――はっ⁉」
そう言えば、元いた世界でお客様のおじいちゃんの1人が言っていたな。なんでも、親分子分で盃を交わすっていう儀式があるとか。今の乾杯はそれと同じか!?
「すまん、あまり深刻に受け止めないでくれ。
確かにそうゆう意味もあるが、乾杯には労いの意味もある。今の乾杯は盟友への感謝と労いだ」
オレを気遣い、皇帝がフォローする。
しかしビックリした、重い意味かと勘違いするところだった。労いの乾杯なら大丈夫だよな、うん。
(皇帝陛下と乾杯出来る時点で特別だってコムギさん、まるでわかってないでありますね……)
一安心しているオレをリーンが少し呆れるような目で見ているのはなぜだろう?
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