第112話 ドワーフ③ガチムチ

「ちょっと待った‼⁉」


「え、忘れ物ですか⁉

馬車止めますね、御者さん‼」


「違う違う‼‼

そうじゃなくてパシェリさん、今……ドワーフって言った?」


「言いましたが……何か?」


「いや、ドワーフって、こう……ずんぐりむっくりみたいな……イメージが……⁇」


 噛み合わない言葉とイメージが出発したばかりの馬車に座るオレとパシェリさんで交錯する。


『ドワーフ』


――生産職に秀で、

――酒飲み

――小柄で太め

――剛毛で毛深い

がイメージにあるんだが、まじまじと改めて見る目の前に座るパシェリさんはというと。


――生産職ではなく斥候(しかも隊長)

――下戸らしい

――身長180センチのオレと同体格で細身

――髭跡も薄いし、さらさらキューティクル


 ドワーフ要素がまるで皆無なのだが、本当にドワーフの一族なのか?


「恐らく、コムギさんがイメージしているのは半分当たりで半分ハズレって所ですかね」


「半分?」


「えぇ、着けばわかりますよ」


「……⁇⁇」


 疑問を抱えたまま、馬車は宿場町での宿泊を含めて順調な道程を経て、先日来た北部の穀倉地帯を抜けた谷の入口まで到着した。

 目の前にそびえる切り立った崖に挟まれた谷。改めて見るとまるで雷が崖を削り取ったかの様に、歪で荒々しく角ばった岩があちこちに点在している。危険への恐れと飲み込まれそうな迫力に少し緊張してしまう。


「なんだかこの間来たばかりなのに、目的が違うとまるで見え方が違うな。

前は狭く感じたのに、今は谷が広く感じるよ」


「大亀の魔物があれだけの数いたからそう見えるのかもしれないですね、谷を埋め尽くしてましたから」


「リーンは大丈夫?怖かったりとか不安ない?ちょっと痛い思いをしたわけだし……」


 リーンはまだ少女、身体の傷は癒えたとは言えども、心の傷はまだ癒えてないかもしれない。同行させた以上、肉体面より精神面が心配なんだよな。


「大丈夫です‼

もうあんな想いはしたくないですし、身体も鍛え直したので心配ないであります‼

……それにコムギさんと一緒だからゴニョゴニョ……」


「え、最後オレが一緒だとなんて?」


「な、なななんでもないでありますっ‼」


 顔を真っ赤にし、手をばたつかせているリーンは聞かなかったことにしてくれとねだる。そんな少女らしい一面を見守り微笑むパシェリさん。――さて、程良く緊張もほぐれた所で谷の奥へと進むとしようか。


◇◇◇


 石よりは大きく、もしかしたら岩とも言える大粒の塊がゴロゴロと転がっている足場の悪い谷間を進む事かれこれ1時間。現在の位置がわからないくらいに同じ景色が続いている。


「パシェリさん、あとどれくらいかわかりますか?結構進んだと思うんですけど……」


「もうほとんど最後ですからあと少しですよ、谷を抜けたらすぐに街がありますので」


 足がちょっと痛いから早く休みたいなぁ。さすが鍛えてる2人はスタスタと悪路にも関わらずひた進む姿に感心する。

 

 黙々と進むに連れ、次第に足元の粒が次第に小さくなり歩きやすくなる。同時に谷の岩肌のあちらこちらに洞穴が掘られている地帯へと足を踏み入れた。


「この穴は……、それにここは一体何なんだ……⁇」


「あぁ、これらは鉱石を採る為の坑道ですよ。役目を終え、使われてないものもありますが」


 谷の奥は鉱山だったのか、なるほど。もし希少な鉱石が発掘されれば資金調達出来るしな。もしかしたら鉱石についても密約が絡んでいたりするのだろうか? 

さらに奥へ進むと、仄暗さが徐々になくなり次第に明るくなってきた。


「お。

見えましたよ、谷の終わりが。

そしてここからが『ドワーフの街』です」


 視界が開け、少し眩しい景色の中に広がるのはまさに鉱山都市。そして驚くべきはその街並み。無骨な機能美だけではない、素人目にも技量の高さがわかる見事な彫金細工が拵(こしら)えられた屋根や窓枠、ドアなどが取り付けられた家々が建ち並んでいた。

……よく見ると技量やセンスを誇示するのがドワーフの家なのだろうか?

シャチホコみたいな変な像が屋根についていたり、煙突がやたら大きかったり、窓が妙に多くて彫金窓枠が壁や柱じゃないかと思う様なユニークというか奇抜な家もちらほらある。


「うわぁ……なんというか、芸術や物作り職人の街って感じだなぁ」


「ど、独特なセンスでありますね……」


「さ、ついてきてください。慣れない人にはちょっと迷いやすい造りの街なのではぐれないでください」


 パシェリさんを先頭にはぐれないよう注意しながら街の中を進む。街のあちらこちらからトンテンカンテンと活気のある作業音がする。

 ふと気付いたのは、街をそれなりに歩いているにも関わらず。作業音がする以上、人はいるわけだから、もしかしたら今は皆作業する時間なのかもしれない。


 迷路の様な街を奥へ奥へと歩き、ついにパシェリさんが立ち止まる。どうやらここが目的地らしい。


――息を呑む美しさとはこの事だろう。


 ドワーフの街に入ってから見た中で一番豪華な装飾。派手すぎず、しかし主張は最大限に。ぎりぎりの線を見極めた熟練職人の丁寧な仕事が随所に散りばめられた屋敷だ。


「ここが私の実家、そしてこのドワーフの街を仕切る長の家です。

ちょっと待っていてください」


 待つこと数分。

パシェリさんに家に招き入れられたオレとリーン。

 通された客間にいたのはこの屋敷の主人……なのだろうが、オレは何が起きているのか目を疑い、リーンは直視しない様に両手で顔を隠す。


 

 戸惑うオレたちを待っていたのは……上半身裸のガチムチ巨漢だった。


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