第20話 草原の氷

「うぅおおおおおおお‼‼⁉」


走る、走る、走る‼‼


「だあああああああぁぁぁ‼‼」


急げ、さもなくば死ぬ!

間違いない、止まったら死ぬ‼‼


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ‼‼⁉」


 オレは悲鳴を上げながら、ひたすら草原を全力疾走していた――文字通り、死ぬ気で。

なぜこんなことになっているのか。

少し時間は遡る。


◇◇◇


「この草原のどこかに魔物がいるわけか。

とりあえずはこの平地部分にいるカウカウってやつを探す方が良いかな?」


「はいっ、頑張って探しましょうっ!」

威勢と元気が良いのが、カレン。

「すみません、はしゃいでしまって。仕事はしっかりやる子なので……」

淡々と丁寧に話すシオン。

二人が護衛となっているが、お手伝いの意味も兼ねている。さて問題はこれからどうするか。


 どこにいるかわからない獲物なら呼び寄せるような仕掛けや罠があれば効率的なんだけどな。


「カウカウを呼び寄せる為に、好きな物とかないのかな?」


「ありますよ?」


「まじか⁉あるなら早く使おう!」


「しかし、危険ですよ?

あまりオススメはしません。

……本当によろしいですか?」


「時間は有限なんだ。早いに越したことはない。さっさとやろう!」


「わかりました――では失礼します。」


 するとシオンは肩に下げた荷物から手のひらサイズの小ビンを取り出し、



「……へ?なにこれ⁇」



「今回の獲物、エスケープゴートとカウカウ両方とも草原の生き物で好みも共通しております。

それらの魔物が好みにしている果物の果汁です。匂いにつられてヤツらは確実に来ます。


しかし、1つ問題がありまして……その……ヤツらにとって媚薬のような働きをするので興奮気味に暴走し、襲いかかってくるため大変危険なのです。

なのでオススメはしないのですが、のでやりました。


――悪しからず」



「先に言ええええええぇぇぇ!!」



 すっごい大丈夫じゃないじゃん!

悪しからず、じゃないよ⁉


てことはオレを目掛けて来るとかそうゆうこと⁉展開がなんか読めて来たぞ……。


『『『『『ドドドドドド………』』』』』』


 遠くから重厚な地響きを上げ、土煙を立ち昇らせ、明らかにこちらへ近づいてくる何か。


「来ましたね、ではチャンスがあれば『買い縄』をバンバン着けていきますのでしっかり粘ってください。

あ、重くて走りづらいでしょうから荷物はお預かりしますね」


 シオンが冷静すぎる!

荷物を受け取るなりすぐさま、そそくさとカレン共にオレから距離を取る。


来たぞ……来たぞ……⁉

来たあああ‼‼‼⁉


『も"お"お"おおぉぉぉん♡‼‼‼』


「うぅおぉぉぉ、速ええええぇぇぇ‼‼」


◇◇◇


――とまぁこう言う流れだ。

だから今オレは全力、もとい死ぬ気で走っている。急にはカウカウ達は曲がれないので、オレは機敏な方向転換を繰り返し、なんとか凌ぎながら対応している。


 しかしいつかは体力が切れるのでなんとかしたいのだが、まだ一匹も『買い縄』が付けられていない。


「まだか⁉」


「まだです、もっと疲れさせないと」


「くっそおおおお‼」


 いくら疲れさせないと『飼い縄』が付けられないとはいえ、このままじゃオレが先に疲れて捕まってしまう。

もしこんな大群の大型牛に轢かれたらひと溜まりもない。なにか良い考えはないか……。

要は止められればいいんだ。えーとえーと……。


――落とし穴!

ダメだ、掘る時間はない。


――罠を仕掛ける!

ダメだ、仕掛ける時間がない。


――時間を止める!

ダメだ、そんな能力はオレにはない。


ん?能力⁇

……待てよ。

『パン職人』の能力で何かできないかな?

雪山の時のイメージと同じで熱くするなら炎だけど、寒くするとか凍らせるイメージで氷とか作れないかな?


 一か八かやってみるか。

方向転換したばかりで、まだカウカウの群れとの距離は十分にある。やるなら今しかない。


 オレは牛たちに向き直り、立ち止まる。

「なぜ、止まるの?あぶないっ⁉」

「危険です!すぐ逃げてください!」


二人が危険を察知し同時に叫ぶ。


 叫ぶ二人を横目に、本当に出来るか解らない疑念からくる緊張を晴らすべくフゥ~っ……と大きく息を吐き集中する。


『『『『『ドドドドドド!!!』』』』


 みるみる近づいてくるカウカウの群れ。その足元目掛け、氷を生み出すイメージで大地を触れる!


―――パキパキパキ‼


 触れた地面から極寒の冷気が伝わり、辺り一面を氷で覆い尽くす。

そして牛たちの動きが止まる。

1匹残らず足元が氷で凍らされ大地とくっ付けられているからだ。


「「「も"〜う⁉⁉」」」


突如起きた不可解な事態に牛達が一斉に唸る。――冷たいかもしれんが許せ、乳のため、パンのためなんだ。


「よし、今のうちに『買い縄』をつけるぞ!二人共頼むぞ!」


「「はっ……⁉はい‼‼」」


 二人はオレが牛の群れを止めた、突如現れたまるで大地から氷の樹々が生えたかに見える幻想的な光景に呆然としていたが、我を取り戻すなり手際良く『買い縄』をどんどん着けていった。

 カウカウの数があまりに想定外で余裕をもって用意していたにも関わらず『買い縄』を結局全て使いきってしまい、ヤギの分はなくなってしまった。


「これで全部かな?」


「す、すごいですっ!これだけのカウカウの収穫は聞いたことありませんっ…‼」


「ええ、信じられません。

これだけ確保出来たのは奇跡以外の何物でも無いかと」


 目をキラキラと輝かせ、賞賛と感嘆するカレンとシオン。二人がどうやら尊敬の眼差しを送ってくれている辺り、カウカウの相手は本当に難易度が高いのだろう。


「いやー良かった、良かった!」


 何はともあれ一時は死ぬかと思ったけど結果オーライ、満足の結果だ!

炎だけじゃなく氷の力も使えるってわかったし。

 冷やす力はパン作りにはとても便利だ、特にバターをたくさん使って温度に敏感なデニッシュやパイ生地とか作るのに重宝するな。


 さて、あとはこいつらをどうするかな。

『買い縄』のおかげで外さない限り、暴れることはなくおとなしく言う事を聞くらしい。

乳絞りもしたいけど、ここじゃあ運べないしな。


「では市場にいきましょうか。

その道のプロがいますので、多少経費が掛かりますが確実ですし、これだけの数から採取出来るなら最終的には余裕で取り返せる支出かと」


「よし、じゃあそうしよう!」


計30頭の牛を連れ、オレ達は市場に向かった。


――が。



「またお前か!バカヤロウ!今度はなんだ⁉」

よりによって、この人に頼むのかあー………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る