第131話 報告と驚愕①起床と飛翔

「問題……?一体なんですか?」


 ごくりと唾を飲み、言い淀む皇帝の言葉を待ち、緊張によるしばしの静寂が執務室を包む。


「……文献に拠れば、神獣は神の使徒たるオクリビトのしもべらしく、ぞんざいに扱ったりないがしろにすると天罰が落ちるらしいのだ。

――それも国が滅ぶ程の……」


「この雛にそんな力が!?」


「この帝国の開祖は、300年より少し前にあった国が神獣によって崩壊した所を建て直した所から始まるからな、まず間違いないだろう。


それだけではない。

どうやら神獣は何体もいる様でな、少なくともその雛を含め6体はいるらしい」


「そんなに!?」


 まさかそんなにたくさんいるとは……。

思いもよらない話に唖然とするしかない。


「しかしコムギも大変だな……あと何体も増えるとなると世話が」


「……え?」


「今言っただろう?

神獣はオクリビトのしもべだと。

つまり主人はコムギと言う事だ」


そ、そうなるかあああぁぁぁ!?

しかも世話、オレがやるの!?

パン屋としては忙しいからあまり家でペット飼いたくないんですけど……!


「ど、どうしよう……?」


「万が一なにか粗相があって、怒りに触れた結果帝国が滅ぶ事態は避けたいからな。


――コムギ。

『慎重に』、頼む」


待って!

いきなり話が重いよ!?

そんなに引いて、雛にびびらないで欲しいんだけど!?


「――大丈夫ですよ、コムギさん」


「へ?」


「この子はきっと良い子に育ちますよ。

なんとなく、そんな気がするであります。

だから大丈夫ですよ、ねっ――?」


 雛を抱くまるで母親の様な貫禄と優しい笑顔。リーンの根拠には乏しい、しかし自信に満ちた言葉に一同はなぜか納得してしまう。

そう思わせるだけのオーラがリーンから滲んでいたからだ。


「……リーンが大人な顔に……」

「あれ、なんでしょう……何故か涙が……」

「父親の気持ちってこんな感じなんですかね……」

「……陛下、所長に団長。

何でちょっと涙ぐんでるんですか……嫁に行くわけじゃあるまいに」


 呆れ顔のパシェリさんを余所に大人連中は取り出したハンカチで涙をぬぐっている。


「嫁か……。

いつかはリーンもお嫁さんになるんだよね、こうゆう奥さんならきっと心強いだろうな」


「「「「「――ピクッ!!?」」」」」


「あ、しまった。

誤解を招きかねない発言だった……。

悪気はないんだ――リーン、気を悪くしたらゴメンね」


「い、い、いいえいえいえ!

ぜ、ぜ、全然大丈夫でありますよ!?」


 真に受けたのか、誤解されたのか。

顔を真っ赤に、目は回遊魚みたくぐるぐると泳ぎながら動揺するリーンの姿にチクリと罪悪感を覚える。


 そしてリーンとのやり取りを見ていた皇帝らはニマニマと意地の悪そうな、しかし温かい笑顔で見守っていた。


「――ん?

あれ、この子ちょっと目を開けてるでありますね?

綺麗な瞳をしてるであります」


 抱かれている雛をよく見ると、うっすらと目を開けている。大きく吸い込まれそうな琥珀色の瞳。雷の魔石と同じ色だ。

 だがまだよく見えないのか、焦点が合わずぼうっと虚空を見つめるチカラの無いまなこ

しかし、確かに起きてはいるようだ。


「やっと起きたようでありますね」


「よかった、まさかこのままずっと寝てるのかと心配したよ」


「実際、寝坊してましたしたね」


「「「ハハハ!」」」


 寝坊した話は事実だからネタとして笑うしかない。せっかく小さくなったんだし、寝坊助を治すにはちょうど良い機会だろう。

そう、皆の考えが一致していたからこその笑い話。


「――ピィッ!」


―――バリバリバリバリッ!!!!!


「「「「あばばばばばっ―――!?」」」」


 寝起きで機嫌が悪いのか、それとも聞こえた話の怒りに依るものか。

文字通り、執務室に雷が落ちた。

正確にはすさまじい雷撃が全員、いやオレとリーン以外を襲った。


「ふん、起きて早々なんだっピ。

ワレを舐めてもらっちゃ困るっピ!

寝坊なんてもうしないっピ!!」


 可愛らしい喋り方になったが、怒り心頭でバサバサと羽根を動かし飛翔しながら猛抗議する雛。小さいながらも額の角から放たれた雷の威力は凄まじく転身前と遜色無い。

ここから更に成長するとなると末恐ろしい、確かに国を滅ぼすくらい訳はないだろう。


「ふん、ご主人もワレを舐めてもらっちゃ困るっピよ。小さくなったけどチカラはそのままだっピからね?」


 自慢気に小さな胸を張る雛。

確かにそのようだ。オレとリーン以外の雷撃を喰らった面子は痺れと痛みによるダメージから動けずにいる。


「これが神獣のチカラか……」

「ぐおぉ、う、動けない……」

「まさか、これほどとは……」

「な…んでリーンは平気なんです……?」


 見るからに悲惨な光景。

この光景を他の人が見たら卒倒するに違いない。もはやこれは事件だ、帝国のトップ連中が攻撃されて身動きが取れないのだから。


「――やり過ぎじゃない?」


「いや、神獣たるワレを舐めた罰だっピ」


「ダメですよ、サンちゃん。

皆大事な人達なんですから。

ちゃんとごめんなさいしなきゃ」


「ま、まぁそこまで言うなら謝ってやらんでもないっピ。確かにちょっとやり過ぎたと思ってるっピ。


――って、サンちゃん、ってなんだっピよ!?」


「サンダーバードから取ってサンちゃんであります。

堅苦しい呼び方より、ずっと可愛いし似合ってるでありますよ!」


なんと安直なネーミング。

まぁ呼びやすくて良いけど。


「そ、そうだっピか?

不思議と悪くない気がするっピ――じゃあサンちゃんで良いっピよ?」


「よろしくね、サンちゃん♪」


 新しい呼び名と、高い高いされてまんざらでも、いや、嬉しそうなチョロい神獣、改めサンちゃん。少女の手腕?の前に呆気なく神獣は手なずけられたようだ。


――リーン、恐るべし。


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