第130話 神獣⑥起床
生まれた神獣、
幼さゆえに丸みを帯びた、転身前の精悍さとは対極の姿。丸々とした愛らしい姿にオレ達はすっかり釘付けになっていた。
「わあっ〜……⁉
ちっちゃくて、丸っこくて可愛いであります‼」
母性もしくは庇護欲か。
この場唯一の女性であるリーンは慈愛に満ちた表情で、そっと雛を抱きかかえる。
「ふわふわして、温かいであります……」
「卵から出てきたばかりで疲れてるのかもしれないね、息はしてるけどまだ起きたって感じじゃないし」
リーンの腕の中ですやすやと眠る雛。ちょうど人間の赤ん坊位の大きさ、リーンにしっかり腕で包まれている安心感からか居心地が良さそうだ。
「とりあえず今日は休むとしよう、色々な事が一度に起きすぎた。
明日以降にゆっくりと話をしよう。
では皆、ご苦労だった――解散!」
ちなみに雛はリーンが抱きかかえたまま自室に持ち帰る事になった。生まれたばかりの雛が心配らしく、とりあえず今晩は一緒に過ごすらしい。
「ふぁ〜あ……。
じゃオレも部屋に戻って寝るかな。
久しぶりにぐっすり眠れそうだ……
「色々ありすぎてとても疲れましたね。
ではコムギ殿、おやすみなさい。
今日はゆっくり休んで下さい。
――失礼します」
「じゃあコムギさん、アタシもこの子と部屋に帰りますね。おやすみなさいであります」
別れを告げ、それぞれの自室に戻る。
やはり疲れていたらしく部屋に帰るなり、柔らかいベッドに倒れこみ、そのまま静かに深い眠りの世界へ意識は誘われた………。
◇◇◇
久しぶりにゆっくりリラックスして眠ったせいか、翌日オレが目覚めるともう昼になろうとしていた。
自室となっている貴賓室からは以前と同じく、青空と太陽に照らされた綺麗に整備された庭園がよく見える。
「ん〜!
よく寝たっ。早朝に目が覚めなかったなんていつぶりだろう――?」
久しぶりの熟睡から少し筋肉痛の身体をゆっくりとベッドから起こす。
倒れ込んだまま寝てしまったのは失敗だった、反省しながら少し離れた浴場まで身体を綺麗にしに行き、綺麗な服に着替える。
着替えた後、部屋に戻り荷物の片付けをしながら思案する。
「さて、今日はこれからどうしようかな――?」
――コンコン
「ん……?
はい、どうぞ」
誰だろう?まるで起きたのを見計らったかの様な来客を不思議に思いながら返事をする。
「失礼致します、コムギ様。
皇帝陛下がお会いしたいと申しております。申し訳ございませんが、執務室までご足労お願いいたします」
メイド長さんが待ちかねた、とでも言わんばかりに用件を手短に伝える。どうやらタイミングを見計らっていたようだ。
「わかりました、すぐ行くと伝えてください」
やれやれ……色々な報告もあるし、さっさと行くとしますか。
◇◇◇
――コンコン
「皇帝陛下。コムギ様が参りました」
「わかった、通せ」
執務室の前にいる守衛さんがドア越しに入室の許可を求める。すっかり顔馴染みになっているのでスムーズな流れだ。
「失礼します」
入室すると、皇帝、マイスさん、タイガー騎士団長、パシェリさん、リーン、そしてすやすやとリーンの腕のなかで眠る
「来たな、ゆっくりと休めたか?」
「はい、おかげ様で。
むしろ寝過ぎちゃいましたかね、お待たせしたようですみません……」
寝過ぎたというワードは、雷竜鳥の件から考えるとブーメランではなかろうかと思い、反省しながら気恥ずかしくなる。
「なに、今パシェリとリーンから聞き終えたところだが万事上手くやったようじゃないか!本当にご苦労だった!
堅物のドワーフとの親善、危険なノース山脈で稀少な魔石の採取を見事の大任を無事にこなすとはさすがに驚いたぞ⁉」
「ど、どうも。
パシェリさん、リーンがいてくれたからこその結果ですよ。オレだけじゃとても無理でした」
いやいや、とパシェリさんとリーンが恐縮しながら謙遜するが皆の力で成し遂げたのは事実だ。しっかりと伝えねばなるまい。
その意図を汲んでいるのか、皇帝は静かに頷き、一瞬2人に視線を向けてから言葉を紡ぐ。
「もちろん、2人の功績も加味した上でだ。ドワーフとの結びつきも万事滞りなく、むしろさらに友好的になるだろうし、稀少な魔石がたくさん手に入って研究が捗るというものだ。
お前達が今回もたらしてくれた恩恵は計り知れん――本当にありがとう!」
「「「へ、陛下!?」」」
すっ、と椅子から立ち上がり、頭を下げながら礼を述べる皇帝の姿に、その場にいた全員がギョッとする。
「お、大袈裟ですよ、頭を上げてください」
「いや……皇帝としてではなく、帝国に住まう1人の民、そして男として礼を言わせて欲しい。
貴方が来てから我々は助けられっぱなしで、何をもってこの恩に報いれば良いか悩む程だ――貴方が来てくれて本当に良かった。
ありがとう……!」
万感の想いが詰まった皇帝の言葉に、皆抱く想いは同じらしく、続くように頭を下げる。
「や、やめてくださいよ。
やれるだけの事をやっただけですし、魔石に関してはオレの興味や事情もあったんですから」
「そうか、それでも感謝の想いはどうか受け取ってほしい。また各々の褒賞に関しても何が良いか思案しているところだ、決まり次第連絡するので待っててくれ 」
熱く真剣な眼差し。
ここで固辞するのは逆に失礼だし、想いを踏みにじる事になる。何かはわからないが受け取れる物なら受け取る様にしよう。
「わかりました、ありがとうございます。
楽しみにしていますね」
「2人も良いな?
なにぶん意義深い案件だからな。
見合う褒賞を検討するゆえ、待っててくれ」
「「はっ!ありがとうございます!!」」
2人の上司であるマイスさんにタイガー騎士団長も誇らしく、嬉しそうに恭しく臣下の礼を取る彼らを温かく微笑みながら見守っている。
「さて、最後にその雛についてだが――」
皇帝が着席し、話を切り替えると一斉に視線がリーンの抱きかかえる雛に向く。
いまだにすやすやと気持ち良さそうにしている雛は自身が注目されているのに気付いてないのだろう。
「過去の文献に拠れば、神獣は世界の危機に際し、それを救うべく現れる神の使いらしい。
にわかには信じがたいが、お前たちの話など総合すると、その雛が神獣である事はまず間違いないだろう。
だが調べたところ、少々問題があってな――」
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