第129話 神獣⑤帰還と転身

 夜空を駆ける一筋の光。

 北のノース山脈からドワーフの谷を超え、帝都まで流れ行こうとするその光に、寝静まった時間である事もあり気付く者は少ない。

 気付いたある者は幻想的な光景に見惚れ、ある者は不幸の報せではないかと畏怖した。


「な、なんだあれは⁉」

「近付いてくるぞ!」

「寝ている奴は叩き起こせ、緊急事態だ‼」


 目的地である帝都中心部にある城の物見達が慌ただしく警報を鳴らし、物々しい警戒態勢が取られようとしている最中。

中庭に降り立った光の背から、オレ達は軽く飛び降りた。


「うーん……!

綺麗な星空だったな、それに流石に速い。

あっという間に着いた」


「感動しました……!

まるで空が宝石箱の様に輝いてました‼」


「すっごくきれいでしたね!

あんなにきれいな景色は初めて見たであります!神獣さん、素敵な空の旅をありがとうであります」


「はっはっは、これしき神獣たる我には造作もない事よ!」


「……寝坊したけどな」


「ぐぅむっ……⁉それを言わんでくれ……」


 感激しているオレ達から礼を言われ上機嫌になり、むしろちょっと調子に乗っている駄鳥。だが、さすがに有頂天にならぬよう少しは戒めねばなるまい。


「なんだ、どうした⁉

一体何事だ⁉⁉」


 武器を構えながら駆け付けてきたのはタイガー騎士団長以下、騎士団の皆さん。

マイスさん、それに――。


「全員待て。

――まさか、そこにいるのは……コムギ、パシェリ、それにリーン……か?」


 次第に集まる兵士達が持つ松明たいまつの灯りに照らされ、中庭がまるで昼間の様に煌々こうこうと明るくなる。

 炬火きょかに照らされ、より鮮明にオレ達の姿を視認した一同は驚嘆の声を上げる。特に、神獣と呼ばれる雷竜鳥サンダーバードの巨体とその姿に。


「よくぞ、無事に戻った――……本当に良かった――……‼」


 皇帝が涙ながらに、心配し不安だった気持ちを吐露する。その気持ちは他の皆も同じだった様で安堵の表情が見て取れた。


「只今戻りました。

魔石も手に入れ、ドワーフとの親善も無事に終えられましたよ。パシェリさんとリーンのお陰です――2人にはとても助けられました……!」


「そうか――ご苦労だったな。

疲れたであろう、ゆっくり休むと良い。

報告はゆっくり聞くとしよう。

パシェリ、リーン、良くやったな。

無事で何よりだ、大任大儀であった!」


「「ははっ、ありがとうございます!」」


 労われた2人は恭しく臣下の礼を取る。

注目と喝采を浴びるその姿はどこか誇らしげに、堂々としていた。


「――ところでさっきから気になっているのだが……あれは……⁇」


 皇帝だけでなくそこにいる全員の視線を釘付けにしているのは、威風堂々と鎮座している神獣サンダーバード


「気圧されそうな程のこの威圧感、堂々とした佇まい……この魔物は一体……⁇」


 タイガー騎士団長や騎士団の兵士達も冷や汗を流しながら警戒態勢を緩めることなく身構えている。


「コムギよ、我から話すのが良いかもしれんな」


「「「「「喋った‼⁉」」」」」


 突如発せられた言葉。

まさか人語を話すとは思いもよらず、皆一様に度肝を抜かれていた。


「あぁ、それが良いだろうね。

よろしく頼むわ」


「では、帝国の長よ。

自己紹介といこう、我は神獣。

お前達が雷竜鳥サンダーバードと呼ぶ者。神から与えられた正しき名は、神也鳥かみなりだ」


「神獣――だと……⁉

伝説の中だけに登場する架空の生物ではなかったのか⁉

それがまさか目の前に――!」


 神獣が実在する事を信じられず、これは夢か幻かと仰天する皇帝。その他一同も同じ感想らしい。


「申し遅れました、神獣殿。

わたくしは現皇帝カイザー・ゼンメルと申します。

お会い出来て光栄で御座います。


――して、ご用向きは……?

なぜコムギ達と一緒に⁇」


「うむ、我には神より与えられた使命があってな。その使命を果たすべく、コムギと共に来たのだ。

――すまんが、しばしこの場所を借りるぞ?すぐ終わるのでな」


「え、あ…はい。

それは構いませんが……」


「そうか、すまんな。

――小さな人種よ、その卵をそこに置いてくれんか?」


 リーンが抱えている少し重そうにしている大きな卵を目の前に置くよう指示する神獣サンダーバード

 中庭に敷き詰められた柔らかく整備された芝生に置かれ、その上から覆いかぶさるように乗りかかると、徐々に神獣サンダーバードの身体が光り輝き始める。


「な、なんだ⁉」


 光は少しずつ光量を増してゆき、次第に兵士達が持つ松明松明の光を集めたよりも、まるでそこに太陽が現れたかという程にまばゆく輝いている。


 輝きは一段と増し、最後にはフラッシュの様に辺りを一瞬、白い世界に染めた後。

ぼんやりとした光の粒子に包まれた卵だけがそこに残った。先程まで確かにそこにいた神獣の姿は、ない。


「い、一体何が起きたのだ――……⁉」

「神獣はどこに……」

「それにあの卵は⁇」


 突如、目の前で起きた不思議な光景に驚きを隠せない一同。注目した先に残された未だ淡く光る卵は少しずつ輝きを失っていく。

いや、輝きが卵の中に染みていくと言った方が正しいだろう。


 遂に光は消え、中庭を照らす光が松明たいまつだけになる。夜の黒と炬火の橙が染める中、緊張と静寂だけがその場に残る。

 まるで自分達は夢でも見ていたのではないかそう錯覚する程の出来事だった。


「な、なんだったんだ?

卵だけになったけど……」


「神獣さんが光になって消えたであります⁉」


 皆で取り残された卵にゆっくり、ゆっくりと近付く。

 見た所、光が消えた後は特に変化も無い様子。勇気を振り絞り、オレが卵に恐る恐る触れようとした、その時。


――……ピシッ


 静寂と殻を破ろうとする音。


「なっ⁉」


――ピシッ

――ピシッ!

――ピシッ‼


 中から力強く殻を突き、懸命に外へ出ようとする雛。たどたどしく、もどかしそうに、しかし必死に頑張る姿をいつの間にか注目するオレ達は応援していた。


「頑張れ、あと少しだ!」

「もうちょっと、もうちょっとであります!」

「よし、あとはそこだけ……!」



「ぴぃっ――‼」


 生まれた!

まだ瞼は開かず、しかし羽や角、姿形は元のまま。小さな雷竜鳥サンダーバードが卵から――もしかしてこれが転身と言うやつか?




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