第36話 フランスパン
パン職人の朝は早い。
朝食の食卓に並べるべく、作業を考えると朝の4時くらいから支度をしなければならない。
パンを作るには
①ミキシング
②第一次発酵
③分割
④成形
⑤ベンチタイム
⑥第二次発酵
⑦仕上がり、完成
という作業の流れがある。
そして生地の種類によってこれらの時間は少しずつ違う。
作業を効率的にするため、例えばA、B、Cという3種、仮に生地があるならそれら全ての作業時間をタイムスケジュール化する必要がある。
何よりパンを作る上で大事なのは
・湿温度
・重さ
・時間
だ。
美味しいパンを作るためにこれらの要素が安定した条件下でしっかり管理されてなければならない。
――が。
この厨房のパン作りはそれら全てがめちゃくちゃなのである。王様の言う通り、出来にムラが出来るのも無理もない。
これでは美味しいパンを安定して作るのは難しい。だが彼らにも職人としてプライドがある。部外者がむやみやたらと口を出すのは良くないだろうな。
だから――
「手を出すとするかな」
ただ淡白に語るより、実物を見せる方が説得力も増すし手本になってくれれば良い。
そう考えたオレは彼らに交渉することにした。
「すみません。一種類だけで構いませんので、オレにもパンを作らせてもらってもいいですか?
2人の邪魔はしませんので」
突然の提案に困惑していた彼等だったが、事情が事情だけに渋々折れてくれた。
「王様絡みの話だからな。
仕方ない、いいぜ」
「ありがとう。
――じゃ、いっちょやりますか」
オレがこれから作るのはシンプルなフランスパン。手間をかければ美味しく出来るが、今日は2人の邪魔にならないよう、効率重視でやろう。
フランスパンは強力粉、塩、水、イーストだけで作れるシンプルな配合。
だからこそ職人の腕の差が如実に表れる。
彼らには悪いが、ここは『パン職人』として腕の見せ所だ。
まずは『ミキシング』、つまりは材料を混ぜ合わせる作業だ。
現在のパン屋ではミキサーと呼ばれる機械で混ぜ合わせるのがほとんどだ。どうしてもこのミキシングを人力でやると、作業者の体力的に負担が大きく、また力加減などが違うため出来上がりにムラが出てしまう。
その点、機械ならば失敗もなく安定するためパン屋では機械化が進んでいるのだ。
しかし残念ながわら、今ここには機械はないから手作業になる。久しぶりに手でやるが、今回は量も少ないので問題はないだろう。
「温度計借りるよ?」
「何に使うんだよ?」
「もちろんパン作りにさ」
「はあ?」
なに言ってんだコイツ?という様な
明らかに不審な眼差しで渋られる。
この反応を見る限り、温度計を普段からあまり使わないのだろう。
「お兄、貸してあげなよ」
「わかったよ、そこにあるぜ」
「ありがとう」
手にしたのは水銀式の昔ながらの温度計だが、無いよりは良いかな。借りた温度計を使って水、粉の温度を計る。
――ちょっと調整が必要かもしれないな。
「氷ってあるかな?」
「氷なら冷凍庫にいけばあるはずだ」
どこにあるのかわからないので、申し訳ないながらもクラムちゃんに冷凍庫の場所まで案内してもらう。
「なんだか不思議なやり方してるけど大丈夫なの?あたいらのやり方と全然違うけど」
「まあ見てな?
ちょっと驚くとは思うけど」
「へぇ言うじゃん!じゃあ、お手並み拝見だね」
と互いに挑発的な言葉を交わす。
職人と職人の意地のぶつかり合いだ。
手に入れた氷を水と合わせ、水温を下げる。そして再度、温度計で水温を計り、「こんなもんかな」と適温に調節したら一気に粉、塩、イーストと混ぜ合わせる。
しっかり捏ねて、生地にダマやムラがないように力強く、素早く。
(――なんだ、あれは?
あれが、本当にミキシングなのか?)
クラストとクラムは自分たちの作業を見ながら驚く。
(何で温度計を使うのかわからない、それに氷も。だがアイツの動きは確信をもってやっている。いったいなんなんだ……?)
「よし!久しぶりだけど、上出来だ。」
出来上がった生地の一部を広げ、ぴろーんと手で伸ばして薄く『膜』が出来るのを確認する。良い生地ができたか見極めるために、この『膜』が出来るかどうかがポイントの一つだ。
なぜならグルテンという小麦の中にある物質が上手く働かないとこの『膜』が上手く張らず、生地の膨らみや伸びが悪くなるからだ。
生地が出来上がったら乾燥しないように布を被せ、約一時間『第一次発酵』を取る。
一次発酵が終われば、パンパン、くるくる
と生地を痛めすぎないように、あえて発酵して膨らんだ生地のガスを抜く『パンチ』、と呼ばれる作業をする。
これをしないと、生地の中と外で温度差が埋められずムラが出来やすくなってしまう。
そしてパンチをすることで無駄なガスが抜ける分、均一にガスの気泡が生地の中で発生するので膨らみが更に良くなり、ボリュームが出やすくなるのだ。
(なんて滑らかな動きだ。生地がベタつかずにスムーズにパンチを終わらせやがった!)
次はパンチを終え、さらに30分ほど休ませた生地を手早く分割する。朝食に食べるとの事なので、ミニフランスパンのサイズに切り分ける。
均等量に切り分けるために、バネ計りがあるので助かった。そして決めたサイズに手早く切り分ける。分割したら軽く形を整えて、生地を落ち着かせるベンチタイムを取る。
これをしないと、綺麗に成形出来ずムラが出やすくなる。
(はやっ!
なんだあの生地を切る早さは……!
まるで見えなかったぞ……?)
今度は『成形』だ。
ここでミニフランスパンの形にしっかり整える。
あまりベタベタと触りすぎず、最低限だけ触って済むようにするのがポイント。触りすぎたり時間を掛けすぎると表面が荒れたり乾燥してしまう。
(すごい、どれも同じ形で綺麗に揃ってる……なんて正確な手際なんだ)
形を整えたら『第二次発酵』
ここではもう待つだけ、きれいに膨らめば生地を丁寧に扱えた証明になる。逆にきれいに膨らまない場合は成形を含め生地の扱いが悪いと言うことになる。
「よし、発酵が終わったな。焼いていくか」
ミニフランスパンを発酵室から取り出し、焼く前に『クープ』という切れ目を入れていく。
このクープを入れるのは単なる模様ではなく、生地の中までしっかり焼きあげるために熱が通りやすくするためだ。これも均一な間隔と長さでなければ見た目が悪くなってしまう。
「きれい……」
クラムが思わずつぶやく。
そう、見た目が揃っているパンは美しいのだ!ここでパンの出来の八割は決まると言っても過言ではない。
あとはカマドに入れて、焼き上がりを待つだけ。その際に耐熱皿にお湯を張り一緒に入れる。すると水蒸気が熱効率を上げ、バリッと表目を香ばしく焼き上げる助けになるからだ。
約30分後、カマドを開けると同時に小麦に熱が入った証拠と言える、軽くなんとも香ばしい匂いが厨房中に広がっていく。
――さあ……焼き上がったぞ!
仕上げは何もしない、する必要がない。これでフランスパンの完成だ!
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