第15話 似た者親子
「公爵様、一体何を⁉」
懇願する様に突如頭を下げる公爵の姿に護衛の人が狼狽する。
「取引ってことか?」
「そうだ、魔石の価値は計り知れない。
手にするだけで色々と有効活用出来るのだよ。容易に手に入らないからこそ、手に入るチャンスは生かさねばならん」
「アンさんと苦労して取ってきたんだぞ?
ムシのイイ話だとは思わないのか?」
「自覚しているとも。
だからこそ一人の父親として娘の未来の為にお願いするしかないのだ。だが、公爵という立場上、こんな姿を無闇に晒すわけにも行かないからな。
君には悪いがこの場で話をさせてもらったのだ」
「なら牢から出してもらえないか?
他の牢に人はいないようだし、問題ないだろう?」
「……そうだな。おい」
「はっ!」
命じられた護衛の人がすぐさま牢を開ける。
「ふぅ……シャバの空気は美味しいってやつかな、さて話を続けようか」
「そうだな、手に入れた魔石はどこにあるのだ?」
「店に置いてきたよ。
良く考えたら、話なら実物を見ながら店の中で話をするのでも良いんじゃないのか?
もし心配なら事情聴取とかの形でも取って護衛を店先に立てれば誰にも見られる心配もないだろう」
「……確かにそれもそうだな、わかった。
あまり気乗りはしないが、そうするとしよう」
「では……」
やれやれ、やっと戻れるな。
店まで公爵らを連れ立って戻ろうとするが、予期せぬ問題がある事に気付く。
――ピタリ
「どうしたのかね?」
「……すみません、誰か道案内お願いします」
◇◇◇
店に戻るとまず最初に魔石を入れておいた冷蔵庫、冷凍庫を確認する。いくら昼間は明るいと言え、厨房の中までは照らしきれないので照明を点ける。ちなみに店内の照明は太陽光発電で賄っており、機能している事に感謝している。
全て順に確認するがどうやら魔石は全てしっかり機能しているようだ。魔石1つで冷蔵庫を、3つあれば相乗効果で冷凍庫の機能を果たすらしい。
「な、なんだ……この眩いまでに銀色に光輝くこの部屋は……見た事の無いものばかり……一体何をする部屋なのだ⁉⁉」
厨房に入るなり、その設備の数々に圧倒される公爵。ちなみに護衛の人は店先に立っているため、厨房の中にはオレと公爵の2人だけ。
「なぜこんなに眩く、明るいのだ……⁉
銀色に輝く壁や箱、奇妙だが興味深い。
仕事柄、珍しい物は数多く見てきたが、これほど不思議で見事な物は初めてだ……」
こだわりにこだわって機材や設備を整えた厨房を褒められるのは嬉しいもんだ。感動や好奇心からか公爵の目はまるで子供のように輝いていた。
「はっ‼
あまりの見事さに忘れていた、氷の魔石はどこかね?」
「あぁ、この中にありますよ……はい、どうぞ。確認してください」
「この箱はなにかね?
なにやら沢山の食材が入っているが、ただの箱ではないのか?」
「あぁ、これは冷蔵庫ですよ。
この中に食材を入れて冷蔵すると長持ちするんです」
「なんと⁉
この箱にそんな機能が……氷の魔石を必要とするわけだ……‼」
未知の物に感心仕切りの公爵だが、本題の魔石を手渡すとまじまじと見つめ、本物かどうか確認する。
「うむ……この不思議な輝き、間違いなく魔石だ……。
まさか本当に魔石を手に出来るとは……」
どうやら魔石を確認出来てホッと安堵した様子の公爵。
「本当にありがとう、実物を見て安心したよ」
「それは良かった。で、この魔石はどうしますか?」
「そうだな……ん⁇」
バタバタと店先から物音がするので、様子を見るべく顔を覗かせるとそこにはアンさんの姿が。
「お父様‼‼」
「アン……‼」
額にびっしょりと汗を浮かべ息を切らした彼女を見るに走って来たようだ。ゆっくり深呼吸を繰り返し、息を整えた彼女は父親である公爵に向き直る。
「どういうおつもりですか⁉
コムギさんを牢に連れていくなんて……。今度は牢番からここにいると聞いて来てみれば……‼」
「アン、落ち着きなさい」
「大丈夫だよ、アンさん。何もされたりしてないから」
「そ、そう。良かった……」
彼女が平静を取り戻し、やっと落ち着いて話が出来る空気になる。
「では話の続きをしよう。
氷の魔石を譲って欲しい。
1つでいいんだ、頼む」
再び頭を下げる公爵。
その姿に驚愕するアンさんが心配そうな眼差しをゆっくりとオレに向ける。
何かする訳では無いと信じているが、しかし心の何処かで不安を覚える、そんな眼差しを。
「わかりました、どうぞ持っていってください。アンさんの協力がなければ決して手に入らなかった物ですし、アンさん自身で手に入れた物でもありますから。
1つと言わずに、何個でもどうぞ」
「――っ‼‼
本当にありがとう――‼‼
1つ、この1つだけで十分だ。
この魔石の価値は希少ゆえに高価な物だ。もし私が急にいくつも手にしたと知られると下衆な勘繰りをされかねない。それに私やアン、家族らを危険に晒す可能性も出てくる。
不要な危険因子は少ないに越した事はないよ、だから残りは君が使ってくれたまえ。
この
「わかりました、そう仰るならオレも遠慮なく使わせてもらいますよ」
「あぁ、そうしてくれたまえ。
そう言えばここでは何を作るのかね?厨房と言うからには料理か何かだと思うのだが……」
「パンです」
「……え?」
「パンを作るんですよ」
「パン……って、あのパンかね?
パンを作るためだけにこんな不思議な空間がいるのかね?」
微妙に小馬鹿にされた気がする。
たしかまだ使える仕込み生地があったはず。焼くのもレンガ造りの石窯なら火をくべれば焼けるし、それでやるか。
「公爵、ちょっと時間を頂けますか?
せっかくなのでお見せしますよ。
何が出来るか……ね?」
「コムギさん!もしかして今から作るんですか⁉
だったらハイ!私は『あれ』が良いです、約束したでしょう⁉」
ぴょんぴょんと鎧を着ているにも関わらず器用に小さく飛び跳ねながらアピールするアンさん。確かに『約束』したもんな。
「よし、わかった!それでいこう‼」
「やったぁ〜‼」
「い、一体何の話だね、何ができると言うのだ⁉」
「うふふ、お父様もきっと驚きますよ?
もうびっくり仰天するはずです‼」
頑張って作るけど、余計なハードルは上げないで欲しいな……。
ま、期待に沿うよう全力で作りますか‼
◇◇◇
――よし、こんなもんだろう‼
「出来たぞ‼」
石窯から綺麗な焼き色が着いた艶のある『あんぱん』を取り出す。残り生地がある分を全部計30個焼き上げ、台の上を埋め尽くした。
窯を開けると同時に立ち上る焼き立ての香ばしい、鼻をくすぐる様な甘い生地から漂う香りに胸を躍らせ、待ちかねたと言わんばかりに今にもかぶりつきそうなアンさんの目はキラキラと輝いている。
「待ってました‼
しかも出来立てなんて……‼」
お預けを喰らい、あと少しでよだれを垂らしそうになりながら待機している姿はまるで公爵令嬢とは思えない。
――が、やはり親子か。
父である公爵も全く同じ姿をしている。
「――はっ!ご、ゴホン……‼
これがその『あんぱん』かね?見た事のないパンだが……」
「は、早く……早くぅ……コムギさん、焦らさないでくださいぃ‼⁉」
もう待ちきれず、火傷を恐れず焼き立ての『あんぱん』に今にも飛び掛かりそうになる親子2人。だがオレの答えは――
「まだダメ」
「「なんで‼⁉⁇⁇」」
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