第116話 ドワーフ⑦酒とドワーフ

 パン職人としてのプライドを賭けた勝負に勝った。

素晴らしきはダイズのチカラ……いや枝豆の力だ。やはり定番の酒のツマミと言ったら枝豆は外せないだろう。


 畑で足を引っ掛けたつるはダイズのものだった。俺の知っている通常の大豆は蔓化すると良い実が育たないのだが、こちらの世界のダイズはどうやら違うらしい。

 蔓化するくらい育ち過ぎた物でもしっかりとぷりぷりとした実がなっていたし、若いものも張りがある青々と綺麗なエメラルドグリーンの枝豆だった。

 畑の持ち主に聞いた所によるとこのダイズはドワーフの農家では昔から雑草扱いされているらしく、少しでも気を抜くと繁茂するほどに繁殖力が強いので処分に困っていたらしい。

それは好都合とオレ達は収穫と伐採を手伝い、この枝豆を手に入れた訳だ。

――このダイズも、帝国の食糧難の解消に役立つよな。帰ったら皇帝に報告してみよう。


 ちなみに枝豆は小麦と同じ穀物。

人気の高い、あんぱんも小豆あずきとパンの組み合わせなのでイメージしやすいと思うが、豆とパンの相性は非常に良いのだ。

だから今回の枝豆パンが認められるのも道理だ。


◇◇◇


「コムギ殿。

同じ職人技を極めんとする者として友好の証に、どうじゃ一杯?」


「えぇ、喜んで頂きます!」


「オヤジ殿、では私もリーンも一緒に良いですか?

そんなに美味しそうに食事しておられるのを見てるだけなんて、もう我慢出来ませんよ」


「ガハハハ!

そうだな、パシェリに小さなリスのお嬢ちゃんも一緒に食おう。

この枝豆パンはウマいぞー⁉


あ、お嬢ちゃんには果実水が良いか?」


「お気遣いありがとうございます」


「ガハハハ、ちっちゃいのにしっかりした嬢ちゃんだな!

おい、ドゥーラ。

ブドウの果実水があったじゃろ?

あれを嬢ちゃんにあげよう、あとついでになにかツマミを持って来てくれんか」


「はいはい、あなた。

リーンちゃん、ちょっとお待ちくださいね」


「母上、手伝いますよ」


 パシェリさんの母、ドゥーラさんと弟のバジィルさんがパタパタと食堂から出て行く。前来た時にはたくさんいた使用人達を今日は人払いしているらしい。

ドゥーラさんが持ってきてきたのは、見事なルビーパープルでブドウが芳しく香る飲み物。これが果実水か、要はジュースだろうな。

 バジィルさんはチーズと干し肉、ハードパンがこんもりと乗せられた皿をテーブルに置く。

 オレも使ったシェーブルチーズと呼ばれる山羊乳のチーズ。それをパンや野菜と一緒食べるのがドワーフ流らしい。

 最後にリーンの木製ジョッキにも飲み物が注がれ、皆に飲み物が行き渡る。

準備が整ったのを見計らってドゥーブルさんが音頭を取る。


「――ではよいかな。

コムギ殿のパン職人としての手腕を称え、またドワーフと帝国の親善を祝して……乾杯っ‼‼」


「「「「「乾杯っ‼‼‼」」」」」


―――……⁉


「ガハハハ!

いやぁ、今日は家族団欒に加えて、良い物を経験させてもらった!

本当に良い酒が飲めとるわ!」


 乾杯を終え、歓談しつつガバガバとエールやワイン、蒸留酒ウイスキー蜂蜜酒ミードを気分で変えながら飲み続けるドワーフ達。あまりの酒豪ウワバミぶりに少々呆気にとられてしまう。


――しかし、それより気になるのは何故、パシェリさんも含めてドワーフの男連中が上半身裸になり、それぞれポージングしながら飲み食いしているのか。乾杯と同時にシャツがパンプアップして弾け飛んでたぞ?

 あまりに突然の出来事に狼狽したリーンは顔を真っ赤にして目を背けていたし。


「コムギ殿、コムギ殿!

外の世界にはあのパンや枝豆みたいに我らドワーフが知らない物があるのでしょう?

もしかして、酒もあるのではありませんか⁉」


 バジィルさんが大胸筋をピクピクさせ、まるで「ほら胸が話しかけてますよ?」と言わんばかりに日焼けしてパンッとはち切れそうな程、筋肉が詰まったワイルドな黒い肌を主張しながら問い掛けてくる。 


「そう言えば、コムギ殿はブーランジュ王国から来たと皇帝陛下から聞きましたよ?

私も帝国以外の世界を知らないので興味ありますね」


 パシェリさんも実家でリラックスしているからか着痩せするタイプなのか、色白の優男からは想像出来ない見事なマッチョボディを主張させながら絡んでくる。

白と黒の筋肉兄弟にジリジリと問い詰められ思わずたじろぐ。


「ブーランジュ王国ではわかりませんが、ワフウという国では日本酒や焼酎がありましたね」


「「「「ほう……‼‼」」」」


「ニホンシュ?ショーチュー?

名前だけではわかりませんが、なにやら美味そうな響きです。

そうか、未知の世界がまだまだあるのか……‼外に出られる兄上が羨ましい‼

兄上、ぜひ今度土産によろしくお願いします!」


「私も行きたいのは山々ですが、私は帝国の――」


「パシェリよ、ドワーフの親善大使としてブーランジュ王国ならびにワフウへ行く事を命じる。必ずや親善証明書未知の美味い酒を持って帰るんじゃ、よいな?」


「うふふ、もし大変なら親善証明書未知の美味い酒だけ先にこちらに送っても良いですからね」


「は、はい!」


 どんだけ酒に興味あるんだよ。

親善大使の任務を酒のために活用するなんて、公私混同し過ぎだろ。


――トスッ……


 筋肉男達による酒ありきのやり取りに半ば呆れていると、リーンが疲れて眠くなったのか、もたれ掛かってきた。

無理もない、時間も経っているし緊張もしてたろうしな。


「リーン、大丈夫?疲れた?」


「――あ、はい。コムギしゃん。

……なんだかぽかぽかきもちよくって、ねむいでありましゅ……」


 ぎゅっと力強く服にしがみつき、熱を帯びつつ潤んだ瞳で上目遣いをするリーン。

はぁはぁ……と少し息は荒く、珊瑚朱色に紅潮した頬。

ぬるりと纏わりつくように身体を寄せる美少女リーン。いつものハキハキとした姿とのギャップが妙に艶かしい。

無防備な服越しに当たる主張された女性の部分は柔らかく……。


――いかんいかん‼

思わずドキドキしてしまった。

 しかし、ブドウの果実水を飲んだだけのリーンが何故こうなった?


……わかった。

纏わりつき眠りかけているリーンを剥がさないよう、そろりとリーンのジョッキを手に取ると、その理由がすぐに。


「……ドゥーラさん、これブドウの果実水なんですよね?」


「えぇ、そのはずだけど樽に入ってた果汁を入れただけよ……?」


「その果汁、たぶん発酵してワインぽくなってます‼

アルコールが発生したワインを薄めても、ワインはワインですからリーンは酔っ払っちゃったんですよ!」


「あらあら、まぁまぁ。

でもリーンちゃんの可愛い姿を見れて良いじゃない?

うちは男所帯だから新鮮でいいわぁ」


 頬に手を当て、うっかりしてたわ、と悪びれる様子もなく微笑んで誤魔化そうとする。

もしかしてこの人、天然なのか……⁉




















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