第67話 研究と戦争?
時は少し遡り、ここは山向こうのベッカライ帝国領。
荘厳な城郭の中にある研究塔。
ここでは日夜『とあるもの』の研究が行われていた。
「ええい、まだできんのか‼」
「申し訳ありません。また失敗いたしまして……」
「愚か者!どれだけの時間を掛ければ完成するというのだ‼」
ひたすら申し訳ありませんと平身低頭に謝る研究員に対し、叱り付ける白髪混じりの男はこの研究所の最高責任者、マイス。彼はこの研究が皇帝からの依頼であるという理由であると同時に、自身のプライドのため是が非でも成功させたかった。
「ううむ、このままでは……」
「マイス様、大変です!このままでは材料が足りなくなってしまいます!」
「なんだと!
……やむをえん、皇帝陛下に上申して材料の確保を頼んでみるか……はぁ……」
ため息を吐きながらマイスが研究室を後にする。責任者のいなくなった空間には一時の安堵と今後を心配する空気が漂っていた。
どれだけやっても『見本』とはまるで違うものが出来てしまう。
そんな徒労と無力さに彼らも疲弊し、果たしてうまく出来るのかと希望を見失っていたからだ。いっそこのまま材料が手に入らなければ良いのに、彼らは研究者としてあるまじき考えに行き着くほどの疲弊っぷりだが、彼らの願いが叶うことは無かった。
◇◇◇
「皇帝陛下。失礼致します、マイスです」
「入れ」
ドアの向こうからの返事とともにマイスは皇帝の執務室に入る。入るなり、目に飛び込んだのは書類の山。
その山の奥に囲まれている青年。
彼こそが部屋の主にして、ベッカライ帝国皇帝カイザー・ゼンメル。
目つきは鋭く、武骨な印象を与える彼は黙々と目の前の仕事を片付けている。
現皇帝カイザーは根っからの仕事人である。他人にも仕事を振るが、強い責任感から率先垂範を第一に掲げるタイプだ。
しかし時として、その考えとやり方は良くない結果をもたらすことを彼自身は理解している。巧みな采配と人望、持ち前の才能が相まって即位してから目立った問題は起きてないあたり、彼の才覚がどれだけ秀でた物かが推し量られる。
そんなカイザーは書類と格闘し目線を書類から離すことなく、入室してきたマイスに問いかける。
「出来たのか?」
「申し訳ありません、いまだ成功にいたらず……」
「どれだけの時間を掛ければできるのだ?時間は有限なのだぞ?」
「返す言葉もありません」
「よいか、今回の研究はわれらにどれだけの成果をもたらすか、わかっているはずだ。
必ずや成功させるのだぞ?」
「はっ……そのことでお願いがございます。材料が、その、、足りなくなりまして、その手配をお願いしたく………」
言いづらい雰囲気の中、何とか切り出す。
その言葉に皇帝も眉をしかめる。
「なんだと?まだ時間と労力、資源を投入しろというのか。
……ちなみにどれだけ必要なのだ?」
「せめてあと……これだけあれば……」
おずおずと必要な量をマイスは遠慮がちに提示する。実はもう3度目の上申になるため、さすがに気まずい空気になる。
「……はぁ……。
仕方ない何とかするしかあるまい。
この研究には帝国の
「ははっ‼」
「よいか、余も方々に手を尽くしなんとか材料の確保は約束しよう。
そのかわり、なんとしても完成させるのだ!
これは『戦争』なのだぞ!」
『戦争』
皇帝が放つ穏やかではない単語をマイスは重く受け止め、次こそはと成功を固く胸に誓い退出する。
そして皇帝は書類から目を離し、1人になった執務室の窓から自国の美しい夜景と星空を眺め、呪詛を唱えるような声でボソリと呟く。
「見ておれよ、イスト。
なんとしても貴様にだけは負けはせんぞ……。貴様にだけは………」
数日後、研究室では一応の成果を出すことに成功したため、担当者一同は面目を保てたと歓喜していた。だが、その一方で皇帝のもとには悪い報告が届いていた。それは国内の食糧自給率が著しく低下しているという内容だった。もちろん、その中には主食のパンに必要な小麦粉も含まれていた。
(まさかこれほどの悪化とは………。
このままではマズい……‼‼)
数日後、帝国は近隣諸国への小麦粉の輸出量削減を決めるのだが、この行動が後に帝国にとって、建国以来最大の動乱の火種になるとは誰一人考える者はいなかった……。
◇◇◇
時は戻り、コムギとアンは今後について話を詰めていた。小麦粉の流通量の回復、そのためには2つ。
現在の仕入れルートからの回復。
新しい仕入れルートの確立。
その両方を同時並行でやっていこうと決めたのだ。だが、そのどちらも困難らしい。
1つ目、既存のルートは確実な手段ではあるが『とある事情』で話が進めづらいとのこと。
2つ目、新規ルートの確立は、ルートは確立できても、量が確保できるかが不透明なこと。そしてそもそもルートにアテが無い事が課題だった。
「その『とある事情』とやらはなんとか出来ないんですか?」
「まず、それは出来ないでしょう……国王様の威信に関わりますから」
「威信?どういう意味です??」
「……今回の件は、ある意味ベッカライ帝国との『戦争』であり、イヤガラセでもあるのです。ですので、うかつにそのカードを切ることは出来ないのです」
「戦争……⁉
物騒な表現ですけど本当なんですか……?」
「もちろん、血を流すようなものではありません。でもこのままの状態が続けばいずれは……」
ゴクリ……と唾を飲み込む。
話の中でしか聞いたことのない、まるで実感の湧かない単語に思わず背筋が凍ってしまう。まさか本当にそんな事態になるなんてことはないよな……?
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