第66話 まだ

 衝撃のお誘い発言により、アンさんに連れられてきたのは豪邸。まるでお伽噺に出てくるような西洋風な屋敷だ。


「お礼にご馳走させてください」とディナーのお誘いを受けるはいいのだが、アンさんの客人として中に通されるも、使用人の人達からじろじろと品定めをされるような視線を向けられ、正直あまり居心地はよくない。


 そりゃそうだよな、年頃の女性とはいえ、大事な令嬢が素性のしれない男を連れてきたのだから。


「どうぞ、こちらです」

と執事さんに客間まで通される。

しばしおまちください、と言われ1人になると急に心細くなる。気を紛らわすため部屋の調度品やら装飾品やらをじろじろ見て、時間がくるのを今か今かと待つ。


「お待たせしました、どうぞ」


 さっきの執事さんに連れられてきたのは長いテーブルのある部屋だった。天井にはシャンデリアがあり、きらびやかで上品な空間だ。


(アンさんはまだかな?)


先に椅子に掛け、そう思っていたら簡素だが品のあるドレス姿でアンさんが現れた。

良かった、まさか一人で食べることになるのかと思ってしまった。


「ゆっくりしていってくださいね?

私が叙勲されたのもコムギさんのおかげですし、いろいろな話を聞いてみたいですから」


どうやら歓迎はされているようだ、アンさんがふんすと鼻息を荒くして張り切っているから。


歓談しながら次々に料理が運ばれてくる。

コース料理でいわゆる内容的にはフレンチだ。味付けも上品で素材を活かしたメニューばかりで一つ一つに趣向がこらしてある。


「うん、美味しい!

どれも食べたことない味や食材だけど、こっちに来て1番の御馳走だよ」


「本当ですか⁉

あぁ、良かった‼コムギさんは味に厳しいイメージがあったものですから、ホッとしました……」


「そ、そうなの?そんなつもりはないんだけど……」


「ふふっ、ごめんなさい。

あくまでイメージですよ。でも美味しそうに食べてもらえて私も嬉しいです」


 他愛ない会話だが、心地が良い。

誰もが羨むような美人との高級感溢れる食事だが緊張しないし、会話が苦にならないのはなぜだろう。会話と食事を楽しむ中でふと気付いたことがある。


 よく考えたらこちらにきて初めてのコース料理だが付け合わせのパンがない。やはり小麦粉が不足しているからか?ぜひ食べてみたかったのだが残念……。


 デザートまで食べ終わり、食後に紅茶を飲みつつ歓談の時間を楽しむ。魔石の件の後からこれまでの事をお互いに話した。

 中でも驚いたのが、彼女は叙勲された後、あちらこちらの国に出向き、流通について商談や調査をしていたらしい。危険な地域や国にも身体1つで向かうということで行動力を王様や一部の支持層から称賛されているらしいが、振り回される周りはヒヤヒヤしており気苦労が耐えない様だ。


「いかがでしたか?お口に合いましたか?」


「はい、美味しかったですよ。

わざわざ本当にありがとうございます」


「いいんです、これくらいはしないとバチが当たりますから。叶うことはないと思っていた爵位を手に入れられた感謝の気持ちです」


「ん?なぜ、叶わないんですか?」


「男尊女卑の文化のブーランジュ王国では女性が爵位を得るには余程の実績や結果がなければ得られないのです。そのためには目に見える結果が必要でした。

 

そのために色々な働きかけや活動をしましたが実を結ぶことはなく万策尽き、困り果てそこで魔石が必要なコムギさんに出会い、利害が一致したというわけです。


……ズルい女と思われても仕方ありませんね。実力も足りず、最終的にはコムギさんがいなければ今の自分はなかったでしょう、なんと御礼を申し上げたら……」


アンさんの独白にしんみりする。

苦手なんだよな、こうゆう雰囲気……。


「気にしないでよ。

オレもアンさんを危険にさらしちゃったし、2人で協力したから魔石を手に出来たんだよ。

 功績の半分はたしかにオレかもしれない。

でも残り半分はアンさんの実力によるものだよ。何も知らないオレをサポートしてくれたり、アンさんが頑張ったから出来た結果だよ。


だから、もっと自信持って?」


 そう、アンさんはどこか自信がないようだった。慢心や過信はよくないが、自信が無さすぎるのもよくない。だからオレは彼女を勇気付けられるよう、本心を伝えつつ慎重に言葉を選んだ。


「相談があるならオレに出来ることなら協力するから。雪山の時よりは力を使えるしさ」


「……はい。ありがとうございます……」


少し声をつまらせながらアンさんが答える。

女性の涙はいつ見ても苦手だ。こちらが悪いような気分になるし、どう慰めたらよいかわからない。


「では早速ではありますが、お言葉に甘えて……」


 彼女は気を取り直し、真剣な眼差しで現在自身が抱えている問題を吐露する。

それらを聞いたオレは協力を約束する。

どれだけできるかわからないが、アンさんをしっかりと手伝ってあげたい、彼女が困っているなら助けてあげたい、オレなりの恩返しをしたい気持ちで一杯だった。


 そう、その時はそれ以外の感情に「まだ」自覚はなかったのだ。

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