第65話 従妹
執務室に着くまで無言な2人は、ついに執務室の前に立つ。実際はそこまで長い時間ではなかっただろうが、2人は手を繋いだ慣れない緊張からか体感時間が倍以上に感じられていた。
いつもいる衛兵の人に思わず、おやっ?とした顔で見られ、彼女の名誉のため、ゆっくり手を離す。貴族令嬢が手を繋いでいたらいくらなんでもマズいよな。
「あ……」と名残惜しそうなアンさんだが執務室に入るのだから、と気を引きめた表情になる。
コンコン!
とノックをしたあと、今日2度目の執務室に入る。
「あれ?
コムギどうした?忘れ物でもしたか?」
と王様が聞くと同時にアンさんを視界に捉えた様だ。
「アアアア、アン……なぜここに⁉⁉
何の用だ‼⁉⁉」
王様がめちゃくちゃ動揺している。
手にしていたカップをガチャガチャと震わせ狼狽ぶりを隠しきれていない。
(なんだ、何かあるのか?)
奇異な目で見るオレや未だ部屋に留まっているショー二さん、セバス。そんな慌てふためいている王様を歯牙にかけることなくアンさんは臣下の礼を取り、ゆっくりと今日の来訪の旨を報告する。
「本日は父に代わり、謝罪と顛末の報告に参りました、陛下」
「ほっ……そ、そうか!う、うむ、聞こうではないか、掛けるがよい」
明らかにホッとした様子で対面ソファーへの着席を奨める。
「此度の小麦粉の一件では誠に申し訳ありませんでした、国に危機をもたらしてしまい、お詫びの次第もありません。
本来ならば父が参らねばならないところ、火急の要件とのことで私が名代として参りました。処分ならばいかようにもお受けする所存です。
……どうぞ、いかようにも」
アンさんが不安で震えるわけだ。最悪、命を落とすかもしれないほどの報告による謁見。彼女はギュッと強く唇を噛み締めながら、王様からの裁決の言葉を待っている。
「…ふむ、そう……か」
あごに手をやり、王様がいつもの軽い雰囲気から、真面目モードになる。そこには為政者として、年齢不相応ともいえる威厳と風格があった。どうしたらよいのか、という判断をする材料が欲しいかのようにチラリとオレと目が合う。そして、何かを思い付いたようだ。
「此度の一件は看過できない、重大な案件である。だが、この場で裁く訳にもいかん。
ゆえに裁定する時間が欲しい。
それまでは引き続き事態の収拾と回復に全力を尽くすことだ、それに必要ならば隣のコムギの力を借りると良い、王室のバッチも与えた。実力はわかっているだろう?きっと頼りになるはずだ。
……よいな、任せたぞ?」
「はっ‼」
アンさんがホッとした分、力強く返事をする。命拾いした、そう安堵したアンさんだが未だに顔色が冴えない。それだけ事の重大さと責任を感じているのか、それとも『他にまだ何かある』のか。
王様がオレの方に向き直り、神妙な面持ちでまるで懇願するかの眼差しを向ける。
「コムギもなにか力になってやってくれ。
俺様にとって大事な従妹なのだ、頼む」
(従妹なのか、そう言えば少し似ているかも)
王様は仕事の続きがあるからと机に掛け直し、オレとアンさん、ショーニさん3人は執務室を後にする。
「ショーニさんはもう王様との話は終わったんですか?」
「はい。あとは米粉の扱いについて具体的に詰めていくだけですね」
「御二人とも本当に申し訳ありません。」
「「いやいや……」」と思わず2人で恐縮してしまう、王様の従妹ということは身分がはるかに高いわけだ、そんな人からの謝罪なんてこちらが困ってしまう。
「これからどうしますか?
ショーニさん、一緒に商会に行った方が良いですよね?」
どれだけ米粉パンを作るのか材料の仕入れなど考えるとやる事は山積みだ。
「いや、今日は大丈夫です。私も片付けなければならないこともありますので、また後日にお願いいたします」
「アンさんはどうしますか?
何もなければ解散ですかね」
アンさんはドキリとしたのか躊躇いながら
意を決したように一歩、オレに詰め寄り顔を近づける。その瞳はわずかに熱を帯び潤んでいる。
「……あの!
コムギさん、よろしければうちに来ませんか?」
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