第99話 帰還とこれから

「動ける者は収穫を、負傷者は救護班に手当てをしてもらえ。

 まだ我等の戦いは終わっておらん!

日が落ちる前に一気に片付けるぞ!」


「「「ははっ!」」」


 傷付いた身体に鞭を打ちながら、キビキビと指示を出す皇帝。その堂々たる姿に兵士たちは鼓舞され、速やかに行動していく。


「大丈夫なんですか?」


 スヤスヤと眠っているリーンを抱き抱えたままオレは満身創痍であろう皇帝を気遣う。


「ああ、大丈夫だ。

……強がりを吐かなければならん場面だろう、今は。

あと少しなんだ、全て収穫出来たのを見届けたら治療してもらうつもりだ」


「わかりました、無理しないで下さいね。」


 ふっ、と少し口元を緩め、どこか自嘲気味に返事する皇帝の目には希望と諦めが同居していた。


「わかっている、むしろここからが忙しいのだからな。

だから自分だけおちおちゆっくり休めんよ、上に立つ者の辛いとこだな」


「…………」


 ならば未来の為に尚更「今は休んでほしい」と皆が思うが、本人の意思を尊重し誰もその言葉は口にしなかった。


「コムギ」


「はい?」


バッ……!

皇帝が勢い良く、ビシッと姿勢を正し頭を下げる。

一瞬遅れるも、周りの兵士達も合わせる様に頭を次々に下げる。


「コムギ――いやコムギ殿。

なんと礼を言ったらいいか……。

 此度は多くの貴重な命を救ってもらった。

どれだけ感謝してもし足りない。

恩人である貴方に、皇帝カイザーゼンメル、心より感謝申し上げる。


本当に、本当に……ありがとう……っ‼‼」


 その声には嗚咽が混じっていた。

きっと彼の中で重く伸し掛かっていた心の重圧のフタが少し開いたのだろう。解放された心に飾りなどなく、素直で真っ直ぐな想いが確かな言葉となりコムギにしっかりと伝わった。


「頭を上げてください。

まだ礼を言われるのは早いですよ。これからまだまだ仕事があるんですから。

オレも、皇帝陛下も。

ここからもっと頑張らなきゃいけないんです。

国中の人に食糧を届けなきゃいけないんでしょ?だから礼はまだ早いですよ」


「………わかった。

今回の騒動が一段階したら、改めて礼をさせてもらおう。

言う通り、今はこの場の仕事をしっかりせねばな」


「ええ。

これからのために、今は頑張りましょう‼」


 決意を新たにする2人には戦友としての絆が芽生えつつあった。そして2人を見守る周囲も奮起と各々の決意を誓うのだった。


◇◇◇


 眠るリーンを医療テントに預け、残った収穫を黙々とこなし、持ち分を終わらせたオレは帰り支度の指示を終えた皇帝と雑談する。


「――しかし、リーンもまだまだお子さまだな。疲れて眠ってしまうとは」


「よく頑張りましたよ、小さな身体であんな巨大な魔物と対峙し、皇帝陛下や皆を守ったんですから」


「そうだな、小さな勇者様だ。

いや、今はお姫様、かな?

子供が頑張ったんだ、大人も頑張らないとな!」


「はい!」


「失礼致します。

陛下、つつがなく収穫全て終わりました。

これより御指示通り、帰還致したいのですがよろしいでしょうか?」


 報告に依ると幸い怪我人は多数だが、死人はいないらしい。まさに奇跡だと皇帝は興奮して喜んでいる。


「よし、凱旋だな――首都に戻るぞ!」



「あ、ちょい待った」


「ん、んっ⁉」


 勢いを削がれ、皇帝がガクッと動きを止める。苦笑しながら、気になった事を指摘する。


「あの亀達はどうします?」


「あー……」


 そう、すっかり忘れていたのだ。

改めて意識すればその巨体を見落とすわけないのに、身動きが取れずにいるコマッタートル達をもはや疲労のピークであるオレ達は意識の外に置いていた。


「あれだけの数と大きいと……どうしたらいいんでしょうね⁇」


「うーむ……」


「――あれ?ちょっと変じゃありません?」


 日が暮れ始め、かなり寒くなってきた。

そんな薄暗くなりつつある中でオレ達は奇妙な光景を目の当たりにする。


 日が暮れるにつれ、ひっくり返っている亀達が徐々に、だが明らかに小さくなってきている。ビルほどの大きさだったものが、今ではその半分くらいになっているのだ。


「どう……なっているのだ……?」


「もしかして、こうゆう習性がある亀なんじゃないですか?」


「いや、そんなわけはない!

もしそうなら、もっと前から騒ぎになっているはずだ」


「じゃあ一体……?」


 そうこうしている内に亀はもはや巨体だった見る影もなく、両の手の平サイズになっていた。


「とりあえず、この亀達は中央研究所に運んで研究することにしよう。

今後同じことが起きないよう、突き止めなくてはな」


「研究所内で巨大化したらどうするんです?」


「「………」」


――その可能性を考えてなかったな?


「ま、まあとりあえず特別な区画を用意させよう、そこで観察すれば問題あるまい……」


「そ、そうですね。

何もないことを祈りましょう……」


 もはや疲労で頭の回転が上手く働かないオレ達はしどろもどろになりながら、とりあえず全ての亀を回収する。荷物をまとめ終えたたオレ達は首都に帰還する準備が整った。


 確認を兼ね、一度整列する隣にはリーンがいる。目を覚ましてから、生温かい目で見られる事情を聞いた彼女は顔を真っ赤にし、ひたすらもじもじと羞恥に悶えている。


「皆、よくやった!

……だが我々の真の戦いはこれからだ!

冬に備え、飢えた国民に食糧を行き渡らせなければならん。

――あと少しの辛抱だ、この危機を力を合わせ乗り越えよう!」


「「「おおおおっ‼‼‼‼」」」


 やる気に満ちた皇帝の演説により、皆士気高く痛む身体を奮い立たせていた。


「オレの仕事もここからが本領発揮だな。


――さあ!戻ったらパン屋のお仕事だ‼‼」

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