第100話 エール
「「「「ワアアアァァァ‼‼‼‼」」」」
無事、首都に戻ったオレ達を民衆が両手を上げて歓待する。皇帝自らが出陣し、魔物を退治し食糧を確保してきたのだから無理もない。
期待から来る興奮と熱気により、さながら軍の行列はパレードの様になっていた。
だがお祭り気分になる訳にはいかない。
首都に戻るなり、オレを含む研究所組は早速シュトーレンや保存性の高い黒麦を使用した食糧の大量生産とその手配体制を確立すべく奔走した。
地方に行けば行くほど食糧の不足が顕著だなのだ、一刻も早くしなければならない。
時間の猶予はないのだから。
◇◇◇
「――さあて、久しぶりのパン作りだ。
しかも、たくさん作れる……‼‼‼
ふっふっふ……。
この粉の感触、たまらんなぁ………(ニタァ)」
久しぶりに触れる小麦粉、厨房に思わず変なテンションになる。
いかんいかん、気を引き締めなければ!
よしっ!やるぞっ‼‼
◇◇◇
その頃病院で治療を受け、病室のベッドに横たわるリーンは頭を抱えていた。
「ぅんっ……はああぁぁぁ………っ‼‼‼」
少しずつ回復へ向かってはいるが、大事を取り入院している彼女は、胸のもやもやを晴らすが如く、盛大に彼女はため息をつく。
理由は2つ。
1に自分の無力さ、2つ目は『彼』についてである。
今回の任務では収穫と亀の足止めくらいしか役に立てなかった不甲斐なさと未熟さ、己の無力さに嫌気が差した。しかも今も食糧の用意のため頑張らなければいけないのに、ベッドで横になっているなんて。
「なにやってるんだろう……あたし」
若くして実力を評されても実戦で発揮出来なければ意味は無い。
――しかも危うく命を落とすところだった。
走馬灯というものを体験するほど、極限の死の恐怖、絶望感 を味わったのは経験としては良いとしても、それ以上に彼女の脳裏には戦いの恐ろしさが刻まれてしまった。
(もっと強くなりたい………いや、ならなきゃ!)
『彼』に助けられなければ今の自分はここにいないのだから。
死を覚悟した彼女を守る、大きく凛々しいあの背中、安心する低めの声、優しい眼差しと自信に満ちたあの笑みを持つ『彼』のことをリーンは起きてから、四六時中ずっと考えている。
今までたくさんの男の人を彼女は見てきた。父や兄、皇帝陛下、師匠とも第二の父とも仰ぐタイガー騎士団長、頭脳明晰で思慮深いマイス所長、それに騎士団の皆。
誰も各々の良さがあることは承知しているが、その誰とも違う彼、コムギの魅力にリーンはすっかり夢中になっていた。
一回り以上年が離れていることはさておき、大人の余裕というのか、普段の姿すら今の彼女には眩しく見えてしまうのがその証拠だ。
(どうしようぅ…―。
次会ったら大丈夫かなぁ、ちゃんとお話できるかな……。恥ずかしくて、顔見られないかもぉ……)
そして1番彼女が心配しているのはこの胸のざわめきと激しく脈を打ち、自分でもわかるほどの顔の熱さ。
初めてで戸惑ってしまうこの『症状』に、自分は何かの病気なのではないかと心配してしまう。
最近少しずつ自分が女性らしい体つきに成長しているのを自覚している彼女はその影響かもしれないと分析してはいる。
しかし真の原因はわからない。
たしかに言えることは、この症状を抑えてもらうには、あの時の包まれるような安心感が欲しい。
――もし出来るなら、あの時の様に。
もう一度、あの腕の中へ抱きかかえてもらえたら………。
「―――えへへぇ〜………」
お姫様抱っこされた、あの時の感触を反芻しつつ、ニンマリ、うっとりとしながら夢想する彼女。ベッドの上でもにょもにょと悶え、その一喜一憂する様子を見て、包帯を変えるべく静かに入室しようとしていたベテラン看護師はそっと病室のドアを閉めた。
(恋の病は治せないわ、しかも初恋なんて……。
くうぅっ〜!なんて甘酸っぱいの⁉
――必ず幸せを掴むのよ‼‼
若人よ、頑張りなさい!)
今や帝国に広まりつつある『英雄と少女』の噂話。
その当事者である
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます