第98話 見つけた

 フリフリと揺れるポニーテールが特徴の小柄で可愛らしい美少女。

リスの獣人の少女、リーン。


 彼女は自由が欲しかった。

物心ついた頃から朝から晩まで働き、ヘトヘトになる心と身体を癒してくれたのは家族の存在だった。


 そして何より『兄』の存在が大きかった。

いつも気に掛けてくれる優しい兄。

少しふにゃっとする笑い方、自分が寝るまで大好きなおとぎ話をしてくれたり、雷が怖い時に側にいてくれたりする優しい兄が大好きだった。


『おうじさま?』

『そう、おうじさま。おひめさまがあぶないときにかけつけて、まもってくれるつよくて、かっこいい人だよ』

『おにいちゃんより?』

『あはは……おにいちゃんよりずうっとつよい人だよ』

『いつかリーンにもあらわれるかなぁ……?』

『いつかあえるよ、きっと!』

『うん!たのしみ!』


――しかしある日、優しい兄とは急に離れ離れになってしまった。両親が帝国貴族に雇われ、引っ越すことになったからだ。その時、幼いリーンだけは親離れ出来ないから仕方ないと特別に同行を許されたが、奉公に出ていた兄は一緒には行けなかった。

 その後数年来、連絡が取れておらず、生きているのか死んでいるのかもわからないままだ。


 兄の安否を気にしながら帝国で下働きをしていたある日、リーンは自分の才能を開花させる。

 同い年の帝国貴族の子息らと半ばイジメに近い手合わせの最中、相手を叩きのめしてしまったのだ。それも一人ではなく何人も。

 愚息の恥を隠す貴族らだがわかる人にはわかるのが世の常。


 『面白そうな獣人の少女がいる』


 噂を聞き付けた騎士団がリーンを見習いとして雇い入れ、彼女の実力はメキメキと成長した。


 そして気付けば彼女はタイガー騎士団長、マイス参謀に次ぐ実力者にまでなる。さらに職業ジョブが守護を司る職の中でも強力な『従者』と判明したこともあり、栄えある皇帝親衛隊隊長にまで上り詰めた。

もちろん、異例中の異例の抜擢である。

 それだけ実力も将来も期待されている事を自覚し、頭の切れる彼女は同時に見返りにも期待していた。

 権力を得れば――そうすれば兄の行方を探すことが出来ると。


 地位を手に入れ、やっとこれからと言う時に事態は急変する。帝国の食糧危機、連鎖的に発生した全ての事態悪化である。

兄の行方を探すどころではなくなった。

 リーンも明晰な頭脳を買われ、この緊急事態への対策を打つべく、知己であるマイス元参謀が責任者を務める研究所に転籍された。



 そんな折、王国から1人の『男』がやってきた。快活で行動力があり、どこか人を惹き付ける色気を持つ中年男。コック服の上からでも分かるガッシリと鍛えられた体。意志の強さを感じさせる力強い赤焦茶色の瞳と濃黒色で掻き上げられた前髪が特徴の『不思議な魅力のある人』というのが率直な印象だった。


 一番驚いたのは小麦粉の扱いや料理の腕や知識――それは『見事』という他なかった。

 美食は見慣れ、毒味役も経験しているため、味見にも自信があるリーン。そんな彼女ですら称賛の言葉しかなく、ただただ舌を巻く素晴らしい腕前。


 さらには、にわかには信じがたいが皇帝陛下いわく、数種類の大魔法を使えるらしいのだ。

 この世界の魔法は1人で扱えるのはどんなに多くても3種まで。それも世界に数人しかいない賢者と呼ばれる大魔法使いだけだ。

 天才と呼ばれるリーンですら、かろうじて2種まで。つまりリーンを上回るかもしれない実力の持ち主だというのだ。獣人によく見られる傾向だが、強さを求める彼女は俄然興味が湧いてくる。


 その興味の中には、もしや王国にいるかもしれない兄の情報を知っているのではないか?という期待と下心も含んでいたが、接する内に彼の誠実な優しさや大人としての振る舞いにリーンはいつしか安心感を抱くようになっていた。


 そして、夜営初日での対決。

こちらから仕掛けた勝負だったが、蓋を開けてみれば一撃も与えられず、久しく味わうことの無かった全身で感じる冷たい土の感触を得た一方的な敗北だった。コムギの実力を確認した彼女は、今までよりさらに強くコムギという人間に興味を抱いた。


――そして今。

その彼、コムギに命を救われた。

 ドキドキと胸の鼓動が早くなっている。

強く、優しい、目の前の彼を見ていると顔が熱くなる。しかし、その熱を頬を伝う涙が奪う。


――なぜ涙が?


 安堵からか、それとも……。

『初めて抱く気持ち』まだ知らぬその感情を理解出来ない彼女は、混乱したまま立てずにいた。



「よし、やっぱりこのやり方なら大丈夫だな。

コツは掴んだし――さっさと片付けないとな」


 助けに現れた彼は訳のわからない言葉を口にする。

――コツ?

リーンの頭は混乱し続ける。

その混乱に拍車をかける行動を彼は起こした。


「んじゃ、やるか。


んしょ……おぅるあああぁぁぁぁ‼‼‼」


「……へっ?」


 ゆっくり亀が持ち上げられてジタバタと暴れるが彼はものともしない。そしてそのまま……



『ポ―――――イ!』



 亀を『投げた。』

巨大な亀を彼は『投げた』のだ。



「「「「ええええええええええええ⁉⁉⁉⁉」」」」



 投げられた亀は、最初に投げられた亀と同じように仰向けにひっくり返り、手足をバタつかせ身動きを取れずもがいている。


「んじゃ次……っと」


 【空調管理・飛】でビュッと離れた亀にあっという間に近付く。


ポ―イ!


またポ――イ!!


またまたポポ―――イッ!!!


 その姿はまるでボール投げ、彼は巨大な亀を次々と投げる。コック服をトレードマークにした男が、自分達が手も足も出なかった巨大な亀をポイポイ投げる光景はもはや奇っ怪としか言いようが無い。

 投げる様を唖然としながら見つめる者達はただただ唖然とするしかなかった。

――1匹、2匹……と亀が次々と投げられ、ついに全ての魔物が仰向けになる。

 無駄と分かりながらも、天に向け手足を懸命にバタつかせる巨大な亀達からは悲壮感すら漂っている……。


「ぃ――よしっ!これで全部かな⁉」


 額の汗を拭いながら満足そうにコムギが一息つく姿に彼女は問いかける。


「な、何がどうなってるんですか?」


「ん?

あぁ、ダメ元で【重量管理・軽】を使ったんだよ、こんな大きいのは出来ないと思ったんだけど――上手く行って良かった。

 よく考えれば簡単な事だったからもっと早く気付くべきだったよ。

なにはともあれ、これであとは食糧を収穫するだけだな」


「「「ええええぇぇぇ………⁉」」」

(((この人、なんで平然としてられるんだ⁉)))


 カラカラと笑う彼に皇帝やリーンを始め、全員理解がついていかなかった。

 

 彼に怖い者は無いのか、なぜこうも平然としていられるのか。その心身の強さが羨ましい……。


 どうしたら誰もが憧れる強さを持つ彼の様になれるのかとグルグルと疑問や様々な感情が渦巻いていた。


 そして彼女、リーンは自分なりの答えを出す。

(彼と一緒にいれば、もっと自分も強くなれるかもしれない。――それに助けてもらった『恩返し』をしなくちゃ……‼)


「――立てる?」


 不意にコムギが目の前に立ち、手を差し伸べながら優しくリーンに問い掛ける。


「あ……ま、まだ立てないです……腰が抜けちゃって……」


「そっか、ちょっとゴメンよ?

――どれ……よっと!」


「へ……っ……?」


「軽いなぁ、やっぱり。

ちゃんと食事を取らないと大きくなれないぞ?」


「ええええと……⁉あの、その、ええっと………‼⁉」


 コムギの両腕の中にすっぽりと収まった彼女は言い知れないほどの胸の高鳴りから来る緊張で強張ってしまう。


(はわわわわ……‼‼‼⁉

こ、これがお姫様抱っこってやつかな……⁇なんだかほっとして温かいなぁ……えへへ……)


 昔、兄に話してもらった大好きなおとぎ話の中のお姫様みたいだ。

 全身で感じる温かな優しさに包まれた彼女は緊張の糸が切れ安心したからか、すぅ……と静かに眠り始めた。まだあどけなさが残る寝顔を見ながら、やれやれと、起こさない様に注意しながら拠点の医療テントに向かう。


 当然、皆にお姫様抱っこをバッチリ生温かい目で目撃され、目を覚ましたリーンが羞恥に悶えるのはまた後の話。


 今は優しい眠りの中でひと時の優越感と充実感、そして達成感を感じていた。


(――見つけた。



私の……王子様……)

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