第143話 晩餐会② 戦場へ

「――まだ出来ませんか!?」

「すみません、あともう少し――はい!出来ました‼」

「よし、じゃ次!ソースは!?」

「出来てます!そちらに!」

「ありがとう、ここからこれをこうして――」

「コムギ様、すみません!これはどうしたら⁉」

「あ、それは後で自分がやります、持ち場に戻ってください!」


(何でこんな事に……)


 怒号にも似た指示が飛び交う戦場、クック副料理長が必死に指揮する中央厨房せんじょうにオレはいつもの戦闘コック服で立っていた――。


 ◇◇◇


 1時間前、突如としてそれは起きた。


 ――バンッ‼


「ん?」


「こちらでしたか、探しましたよ


 血相変えたメイド長さんがズカズカと歓談中の控室に入ってくる。鬼気迫る物があるが、一体何だろう?

 もしかしたら皇帝に緊急の要件だろうか。

 ドラマや小説なら大体こうゆう時に「大変です!」って誰かが入ってくるパターンだからね。


 ずんずんと肩を怒らせながら大股で歩き、彼女は目的の人物の腕を決して逃がすまいと、捕えた腕を身体に抱きしめた。


「さぁ、参りますよ――コムギ様」


「え。

 ――なんで?オレなの?」


 メイド服からじゃ気付かなかった、メイド長さんの豊満な感触に埋もれた腕に感じる柔らかさはそのままに。

 迫力ある笑顔で彼女は矢継ぎ早に説明する。


「何を仰っているんですか?

 主役がゲストを晩餐会でもてなすのは貴族として当然でしょう。

 今や帝国の英雄、そして本日男爵位となられたコムギ様によるもてなし。

 皆様期待してらっしゃいますよ?

 それに皇帝陛下の面子もございますので、さぁ時間がありません。早く参りますよ!」


「ちょ――………」

 いきなりそんなこと言われても!

 貴族のしきたりなんて知らないよ、だってただのパン屋だよ⁉⁉


 ズルズルとメイド長さんに束縛されながら控室を後にしようとするオレ。

 助けを求めるべく、皆に視線を送るが無駄だったようだ。


「「「美味しい料理、期待してます〜」」」


「くそぅ!」


 去り際に見る皆の表情は、期待に目を輝かせるか舌なめずりしている、残酷なものだった――……。


 ◇◇◇


 そしてメイド長さんに促され着替えるなり、熱く、騒がしく、目が回る忙しさでてんてこ舞いのこの厨房で晩餐会に出す品を作る羽目になったのだ。


 クック副料理長以下、何が何やらやけくそに近いスピードで次々と支度されていく厨房。料理人達の熱気が皿に移るかの様に、限られた食材ではあるものの夜の『晩餐会』に向け、着々と用意されていく彩りのある料理。料理人達は自らの技量とを試し、限界に挑むべく懸命に食材、作業と格闘している。


「まだまだぁ!」

「負けるかぁ!」

「うりゃりゃりゃーー!」


「「「うおおおぉぉぉ!」」」


 ただでさえ窓しか空調のなく、熱がこもりやすいこの厨房。仕事熱に燃える男達。

 肉体的にも精神的にも受ける熱量がすごい、……暑苦しい程に。


「しかしクックさん、なぜ主役(?)のオレが作っているんですかね?」


「そりゃあ先生の手掛ける料理なら食べてみたいですよ。今日の参列者も、もしかしたら……と期待していた者も少なくないはずです。

 なんたって帝国を窮地から救った英雄のパンは、今や食べられる事自体が一種のステータスになっている、ともっぱらの噂ですしね」


 指示を出しつつ、自らも食材を見るも見事な速さで刻んだり、テキパキと仕込みをするクックさん。オレも同じようなもので手元に意識を集中しつつ、作業しながら話をしている。


「しかし良かったですね。

 男爵位を賜り、店のある王国に戻れるなんて!ブーランジュ王国に伺う機会があれば、是非とも立ち寄らせていただきますよ。

 きっと学べる事がたくさんあるはずですからね!」


「えぇ、ぜひ!

 お待ちしてますよ、歓迎します!」


「そう言って頂けると、嬉しいですなぁ!

 むしろ、早速


 ――ピクッ‼


 なんだ?

 一瞬、なんだか殺気にも似た妙な緊張が走った様な……?



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