第25話 魔物パン誕生!

 仰々しく、メロンパンを掲げるショーニさん。そんな大袈裟な……。

 しかしその芝居がかった感じかウケたのか、他の人達は感嘆の声を上げている。


 好反応を見たショーニさんはキラリとメガネを光らせ、すかさず畳み掛ける。


「香りだけでこの魅惑的な陶酔をもたらすのだ、さぁ食してみたまえ?

……私は今まで世界中のあらゆる美味を口にしてきた。

多少なりとも舌に自信ありと自負があったが、そんなものは木っ端微塵になったよ……。


同時にこんな素晴らしい物を知らなかったという絶望と共に感動で胸がうち震えた……。


どれほどの衝撃と感動が得られるか。

諸君らもメロンパンの偉大さを知るといい!」


 ダメ押しとばかりにプレゼンする。

ショーニさん、ハードル上げ過ぎだよ。

もはや新興宗教の勧誘文句みたいなセリフに、横にいたオレは思わずスススッ……と引いてしまった。



 でもまあ、口に合うのだろうか?

心配と懸念が、やはりオレの胸中にある。

味覚、文化の違いは重要だ。

オレが試作を食べた際はいつも通りの仕上がりだったので安心したけど、ショーニさん以外はメロンパンを初めて見るようだし、こちらの世界のパンをあちこち調べたがハード系と呼ばれる素朴なパンばかりの様だから、正直甘すぎないか心配なんだよな。


 オレは心配の眼差しを送り、皆が好奇心と不安感を胸に恐る恐るメロンパンを口にする。

1人、2人、と口にした人から無言になる。反応はどうだ……⁉


「・・・・・」

「・・・・・・・」


しかし、みな依然として無言のままだ。

だ、大丈夫?

やっぱりなんかダメだったのかな⁇



「……す」

「す?」


「「「「「「すぅんばらしいいいいいい‼‼」」」」」」

「「「「「「うんまあああああああああ‼‼‼」」」」」」


 口々に驚嘆と歓喜の声を上げる。

さながら宝を探し当てたトレジャーハンターの様な目の輝きと喜びようだ。

しかし、これまた大袈裟な。

商人って人種はみんなリアクションが派手なのかな?


「会長!こんなの初めてです!」


「なんなんですか、これは‼‼」


「新作の菓子ですか⁉

甘すぎず、しかし確かに鼻を通るときに香る上品な甘く軽やかな匂い、これは素晴らしい‼」


本音なのだろう、絶賛している。

ホッと安堵のため息が漏れてしまう。

(良かった、喜んでもらえて。)

バターから苦労して作ったかいがあったよ。



「しかし」

「ん?」


1人、神妙な面持ちな男がいた。

長身痩身だがしっかりとした筋肉が付いた、商人というよりはアウトロー。どこか冷たい眼差しと周りを寄せ付けない一匹狼のようなオーラ。

彼が放った鋭く、歓喜の空気を切り裂く懸念を含んだ一言で場がしん……と静まり返る。


静まるのを確認し、彼は言葉を紡ぐ。

「これはどんな材料で作られているのですか?

そして経費がどれだけで、価格はいくらで、いくつ販売するおつもりですかな?」


 指摘内容はごもっともな物ばかりだ。

商品について具体的な数字の話をしなければ、と皆が現実に立ち返る。

やはり商人だ、全員が神妙な面持ちになる。きっと頭のなかですさまじい算盤を弾いているにちがいない。


「いかがなのでしょう?

コムギさん?」


「材料の話ですか?

材料は

小麦粉、ドライイースト、酵母、塩、砂糖、はちみつ、卵、カウカウの乳、カウカウのバターですかね。


値段は相場がわからないのでお任せします。

ただ、多くの人に食べて欲しいので、手に取りやすい価格にしてください」


 狼男(仮)さんがクワッと目を見開き、睨むようにオレを見る。その目には察し難い複雑な心情が浮かんでいる。


(扱いづらいと言われる魔物の材料でこれだけの味が……⁉いや、そもそも扱える手腕が信じられん。

しかもこれだけの量をまさか1人で用意したのか?

この方の狙いは一体……?


……読めない。

商人の経験は『それなりに』自信があるつもりだが、会長と対峙して以来の読めなさだ。


 価格についても、間違いなく貴族向け、しかも贅沢品に該当する程のこの商品を『手に取りやすい価格、つまり庶民向けに設定して欲しい』だと……――いや、まさか⁉⁉

これは……実に巧妙な戦略だ⁉

売り出すにしても『周知する事』が本当の目的であり、商品に自信があるからこそ利益は後から出せると踏んだ、無名の商品を売り込むための広告戦略の一環か。

ふむ……それならば納得だ!)


 彼は自分の中で疑問と結論を導きだしたようで、端から見たその表情には何かを悟り意思を固めたかのようだった。

……その結論が合っているのかはさておき。



「いや失礼しました。

メロンパン、素晴らしい代物ですな……魔物食材の魅力お見それしました。

まさに魔物の味、魔物パンですな。


『手腕』に感服いたしました。

会長、コムギ殿、失礼をお許しください」



 うむ、とショーニさんが満足そうに頷き、ゆっくりと、仰々しいまでに両手を広げ高らかに宣言する。


「では我らはこれよりこの魔物パン――『メロンパン』を商会の目玉商品として大々的に売り込むことにする!


これは一斉一代の賭けだが勝算はある!

いや、賭けではない、だ‼


――さあ!

我々の手で『革命』を起こそうではないか‼‼」


ショーニさんが煽る言葉で締めくくる。

拍手万雷。

やる気に満ちた表情の面々が立ち上がり拍手を送り続ける。


「この人達に任せてホントに大丈夫なのかな……」


 今日のやり取りを見て、コムギの胸中は期待よりも不安が大きくなるが、その不安は杞憂に終わるのだった。

 

 後にショー二の宣言通り、国を上げたパンに対する『革命』が起き、その中心地に彼が立つ事になるのだから。

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