第95話 ただのパン職人……まだ、たぶん

 予定通りに行軍し、ついに2日後。

無事、目的地である北部穀倉地帯にオレ達は到着した。

 山間部ならではだろうか、なだらかな斜面を有効活用した広大な普通の畑が広がっている。見たところ、特段何かあるようには思えない。

 馬車から馬に乗り換え、馬上から皇帝が迅速に指示を出す。


「まずは現況の確認だ、斥候の報告次第でどうするかを決める。

 他の者は手分けして、拠点の設営と魔物との戦闘準備だ。

ここからは時間との戦いになる。


――急げ‼‼」


 皇帝が号令に各人がバタバタと作業に動く。 じゃオレも設営の準備やらないと。


「よっこらせと……」


 【重量管理・軽】を駆使することで10人分位の荷物や巨大な資材を手早くヒョイヒョイと捌く最中、緊張が高まる声が響く。


「報告いたします!」


 魔物がいるであろう地帯を偵察に行っていた斥候が戻ってきたのだ。

彼は自分の言葉がこれからの行動を決めるとわかっているからか、慎重に言葉を選びながら報告する。


「これよりさらに奥、山間部の谷合に報告のあった巨大な魔物を発見。

その数――30体。

現在、穀倉地帯に向かって移動中。

他の異常は確認出来ず!」


 報告を終えると斥候の人は再び役割を果たすべく馬に跨がり、魔物がいるという方向へ駆けていった。


 幸いなことに拠点の設営作業はあと少しで終わる。どうするのかと皆が皇帝の方をちらりと伺う。腕を組み、眉を潜め思案していた彼は意を決したらしい。


「悠長にしてはいられないな……。

 全員よく聞け‼これより拠点防衛のための最低限の人数を残し、魔物討伐に向かうぞ!

何としても穀倉地帯に侵入させてはならん!」


「「「「「「「ははっ‼‼」」」」」」」


 ついにか……。

どこまでやれるかわからないが、やるだけやるか。


◇◇◇


『そいつら』はそこにいた。


 穀倉地帯を抜け、さらに北へ。

谷合に群れで固まりながら、もぞもぞと蠢く魔物の一行。一匹あたりの大きさは3階建て位のビルサイズの巨大な亀の群れだ。


――なぜそんなことがわかるかというと、オレは今、『空から観察している』からだ。


◇◇◇


「じゃ皇帝陛下、オレちょっと先に行きますね?」


「ん、あぁ先行するのか?いいだろう、頼む。念の為、護衛をつけよう。誰か……」


「あ、大丈夫です。様子見て来るだけですし、


「どうゆう意……味……だ…………⁉」


 いてもたってもいられないオレは、皇帝の許可のもと【空調管理・飛】で先行させてもらう事にした。

 ちなみにオレが徐々に空中へ浮かび上がり、飛行する様子を間近で見た皇帝は動揺し、マイスさんは祈り始め、リーンはなぜか頬を赤らめ、軍の皆は目を見開き、口をあんぐりと大開きし驚嘆していた。


「う、噂通り、さ、さすが、コムギだ⁉」


「まさか、彼は神の使いだとでも言うのか……」


「コムギさん……まだそんな力を隠していたんですね……。すごい……(ポツリ)」


「「「「「いやいやいや‼‼⁉なんであの人飛べるの‼⁉⁉⁉」」」」」


 緊張した局面にそぐわない、ざわついた光景は空中から眺めると少し滑稽だったが、そんな悠長な事を言ってる場合じゃない。



「あの亀の魔物、思ったよりデカいな。

どうしたらいいかな?」


 群れの動きは亀だけあってノソノソと巨体を揺らし、あまり早くない。

だがあの巨体は脅威だ、どうしたものかと見当がつかない。


――待てよ?

とりあえず穀倉地帯に入れなければいいんだよな。

なら……『あそこ』だ!


 オレが目を付けたのは、谷と穀倉地帯の境目である峡谷部分。


(ここを塞げばあの巨体では入ってこれないはず。出来るかはわからないけどやるしかない!

――あ、さっきの斥候の人や先行隊がいる。

よし、巻き込まない様に気を付けよう)


 そう考えたオレはその人達のいる所へ降り立つ。


「あ、あなたは確かコムギ殿⁉どうしてこちらに……いや、それよりここは危険です!お下がりください‼‼」


「すみません。上手くいくかわからないですけど、やるだけやってみたい事あるんですよ。ちょっと失礼しますね……⁉」


「は、はぁ……⁉」


 お互いに要領を得ない生返事ながらに承諾を得る。少し先行隊を下がらせ深呼吸をする…………よし‼


「いくぞ……ハアアアアッ‼‼」


 地面にスッと両手を当てる。オレが【温度管理・冷凍】でイメージするのは氷の壁。――それも谷との入り口を完全に塞ぐ程に巨大で頑丈な壁だ。


「ぬううううううりゃああああ‼‼」


 谷間を包む氷が氷を呼び、みるみる大きく成長していく。まるで地面から氷の壁が生えてきたかの様に。


「よし……こんな……もんだろ……」


 そこには見事な氷の壁が出来ていた。

これほど巨大な壁は国中の魔法使いを動員しても数日はかかるのだが、この世界の基準を知らないコムギには知る由もなかった。

 だがコムギも人間である。さすがに疲労感からは逃れられず息を切らす。


「ぜぇ……ぜぇ…………」


(なんだ……?

全力疾走したかのように身体が疲労している。今までで1番、能力を使ったからかな?

まだ誰も来ないし、ちょっと休憩するか……)


「ま、まさかこんな事が……夢ではないよな……」

「コムギ殿、貴方は一体……⁉」

「これ程の魔法使いは初めて見たぞ……」


 どよめく先行隊を尻目に地面に座り込み少し休む。するど、ちょうど体力が回復してきたタイミングで皇帝達が合流する。


「おーい、コムギ‼‼


大丈夫……か………」


「「「「ぅえええええぇぇぇ⁉⁉⁉」」」」


 見上げる程に氷の壁を目にした一同は目を丸くして驚愕している。

 なにせ、何も無いはずの峡谷入口に、そびえる氷の壁がピッチリと谷と穀倉地帯を分断しているのだから。


「何をどうしたら、1人であれやこれやと出来るのだ?

とてもではないが信じられん……。

 これほどの力を使えるとはコムギ、お前は一体何者なのだ…………?」


 皇帝だけでなく、その場にいる全員が同じ疑問を抱いているのだろう。刺さるような視線がオレに集まる。




「――――ただのパン職人ですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る