第105話 北の秘境とフリ

 大陸最北部に位置し、先日行った穀倉地帯をさらに北上した先にあるノース山脈。


――時に疾風は名刀の如く、身を裂き

――時に迅雷は鉄砲雨の如く、身を貫き

――時に吹雪く氷雪は全てを奪う


 余りに厳しい自然環境ゆえ、立ち入る者を『選別する』そこはまさに秘境。

 そして住まうモノは生きるために『特殊な能力』を身に着けるという噂があるらしい。


「そんな場所があるんですか……」


「滅多に人が足を踏み入れぬ場所だ、近付かなければどうということはない」


「そうねぇ、あそこは『伝説』を鵜呑みにするおバカさんと命知らずしか行かないわね♪」


「伝説?」


 曰く付きな場所にはどうやら他にも理由があるらしい。伝説とやらを知らないオレを察したらしく、カマさんが丁寧に教えてくれる。


「そう、伝説――正しくは『キセキの伝説』ね。


 ノース山脈に住む生物には特殊な能力があるけど、その秘密は『魔石』にあるようなのよ。

 その昔、山脈の魔物を奇跡的に倒したハンターが見事に輝く魔石を持ち帰ったらしくて、大金を手にして大富豪になったの。

 

 その『キセキの伝説』は今でも信じられていて、未だに挑戦者は後を立たないけど、無事に帰ってきた者は誰一人いないのよね」


「なんだか怖い話ですね……」


「そうだろう?だから帝国としては立入禁止区域に指定しているのだが、不法侵入は後をたたん。全く困ったものだ……。」


 少し苛立ちを見せる皇帝。

よほど挑戦者がいて、面倒があるのだなと同情する。


 しかし、魔石か……。

こちらに来たばかりの時、アンさんと氷の魔石はたくさん取ってきたなぁ。

 そう言えば、店の機材を動かすのに不足してる動力があるのを、ふと思い出した。

――電気 (機械全般)

――ガス (オーブン類)

――水道 (硬水だし、井戸は面倒)

――火気 (照明、暖房、石窯)

 

(うおぉぁぁぁ、しまったあぁぁぁぁぁぁ‼‼⁉⁉)

オレの能力で補填出来るものは誤魔化しで幾つかあるが、ちゃんと店をやるなら大事な物ばかりだ!すっかり失念していた‼‼

これじゃ仮に戻れても店が出来ない‼‼‼


「どうした、コムギ?

いきなり浮かない顔になって……」


「いえ、ちょっと店の事を思い出しまして……気にしないでください……」


「「…………」」


 脱力するオレを2人は無言で気遣う雰囲気になる。ホームシックとまでは行かないが確かに店が急に恋しくなったのは事実だ。


「もしかしたらコムギちゃん、魔石が欲しいのかしら?」


「なんだと⁉」


 オンナのカン……じゃない、野生のカンか?考えていた事をズバリ言い当てられたので思わずビックリする。


「え、えぇ、まぁ……」


「ばっ、馬鹿な考えは止めろ、いいな‼

山脈には絶っ対に行くんじゃないぞ⁉

これはフリじゃないからな‼」


 必死に止めようとする皇帝のどこかで聞いた振り文句に苦笑するが、カマさんは何も言わず真顔でオレを凝視していた。

 その真剣な眼差しが果たして何を意味するのか、この時はまだわからず首を傾げるしかなかった。


◇◇◇


 話を終え、執務室を後にするカマさんとオレ。今日はこの後、訓練場に向かうので途中まで一緒に歩きながら雑談をする。


「――へぇ〜、それでブーランジュ王国から帝国に来たのね?」


「えぇ、まぁ……でもこちらでも皆さん良くしてくれますし充実してますから毎日楽しいですよ。――ただ、やっぱり店や従業員を残してきたので心配ではありますけど……」


「それなんだけど、もしかして魔石とお店に何か関係があるのかしら?

さっきの反応がどうにも気になってね?」 


「ハハ、だからあんなに見られてたんですね。まぁ、わかりやすかったですよね。

ちょっと反省してます。

わかる話かわかりませんが、実は……――」


 自分でも気を吐いて楽になりたかったからか、誰かに悩みを聞いてもらいたかったのか。何故かはわからないが、カマさんに素直に事情を説明した。


「なるほどねぇ……」


「元の世界に戻れないなら、せめてどうにかお店の問題だけでもなりませんかね?」


「難しいわねぇ……ただ」


「ただ?」


「可能性が無い訳ではないわよ?」


「本当ですか?」


 思い掛けない言葉にカマさんに詰め寄る。可能性があるなら試してみたい、その気持ちが活力を与えていた。


「あん♪

積極的なのは良いけど、焦らないの♪」


 うげぇ……そう切り返されると辛いな。

げんなりしてると、カマさんがキリッと表情を引き締める。


「冗談はさておき。

 山脈に向かう途中、谷を抜けた先に実は住人がいるの。あまり知られていないのは『彼ら』と帝国の間で密約があるからなんだけど……コムギちゃんの悩みは彼らが解決出来るかもしれないわ」


「そんな人達がいるなんて、どうして皇帝は教えてくれなかったんだろ?」


「密約と言ったでしょう?

それが密約なのよ」


 なるほどな……皇帝自らが密約を破り、教える訳には……ん、待てよ?

まさか、あの時の行くなよ、は本当にフリだったのか⁉

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