第141話 式典③

 皇帝とコムギ、2人が交わした笑みと握手。


歴史的とも言える光景を見た貴族達は確信した。これで帝国の未来はさらに磐石になるだろうと。


 コムギという英雄に男爵位を与える事により地位、駐在大使の任命による王国(店)への帰還という感謝、帰属化と恩情、2つの鎖でコムギの心を縛りつける事に成功したのだから。


 優れた人材を流出させない為に振るわれた皇帝の見事な手腕に、誰もが皇帝カイザーゼンメルが傑物たる所以を垣間見た気がした。この地を離れても英雄から受ける恩恵は必ずや帝国の繁栄に貢献するだろう。

国の将来は約束されたも同然、長く続いた食糧危機により塞いだ気持ちで暗くなっていた貴族らの心中に光が射した瞬間でもあった。



 だが、皇帝本人に腹黒な意図はさほどない。為政者として『保険』は確かに掛けたが、それよりも1人の人間として、国を代表する皇帝として、彼に誠意をもって感謝を示したかった本音が第一にあり、今回の恩賞は無用な反発を生まないための彼なりの最大源の配慮だった。



――そして、歓喜の感情に沸く玉座の広間にそぐわない感情を抱く者が1人。


 先程まで輝きすら纏っていた彼女は綺麗なドレスを自らの手で歪め、目の前で起きた恩賞授与が信じられず、絶望的な表情を浮かべながらギュッと力強く握りしめていた。


 彼女の『想い』を知る者、というより皇帝以下、接する時間が長いその場にいる者達は彼女の胸中を察していた。同情はするが、国の頂点たる皇帝の決定には誰も逆らえないのだから、無念の一言に尽きる。


(嘘……コムギさんが王国に帰っちゃうの……?どうしよう、もう会えなくなっちゃうの?

 ……やだ……やだよ……)


 想像するだけでとめどなく溢れる寂しさと喪失感、暗くなりゆく気持ちにドレスを握りしめる手はますます力強くなっていく。


隣にいる近衛騎士はどうしたものかとダラダラと冷や汗をかき、もはや隠しきれない彼女の様子に場の空気が変わり始めている。


「――続けてもう一人、恩賞をこの場にて与える。


 近衛騎士リーン、前へ!」



不意に掛けられた自分を呼ぶ声。

一体、何事か。

耳にするなり、驚きのあまり一瞬反応が遅れてしまう。


「えっ……!?はっ、はいぃ!!」


 近衛騎士の列から外れ、皇帝に向き合いコムギの左隣で並列に立つ。列から外れた際に、何人かが何かを合図するかのようにウインクやハンドシグナルを送っていたのだが、その意味を今の彼女が把握するには時間と余裕が足りなかった。


「恩賞?アタシなにかしたっけ??」

 わかりやすく、そんな考えをしているであろう、不思議そうな表情を浮かべる彼女にニマニマと意地の悪い笑みを浮かべながら皇帝は恩賞の内容をゆっくりと告げる。



「貴様は皇帝直属騎士の任を解く」



「ぅえぇ!?!?

 あっ、 あたしクビでありますか!?」


 ――はっ!


 ビックリして思わず大声で口にしてしまったと口を両手で塞ぐ。可愛らしい仕草に思わずあちこちからクスクスと温かな笑いが起きる。


注目を浴びているのだ、と再認し気恥ずかしさから赤面するリーン。エメラルドグリーンのドレスを着ていた事が仇になったか、その顔の赤みが際立ってしまっている。


「んんっ!

 では続けるぞ。


 リーン、貴様には『ブーランジュ王国駐在大使補佐役』を任命する。


 ……わかったな?」


 思いがけない話に、思考停止してしまう。


(……今何て言ってた?聞き間違いかな?


 えーと、近衛騎士をクビになって、ブーランジュ王国駐在大使の――)


「……ほさ?」


(え、何?

 つまり、あたしも王国へ……?

 彼と一緒に……?

 本当に……?)



「近衛騎士でありながら、魔物から満足に我を守ることもできない、貴様のような未熟者は英雄の側でこそ研鑽を積まねばならん。

 帝国の――いや、貴様の未来のためにも任務に励むが良い 」


「――……っ!

 ははっ!!このリーン、精一杯この大任を務めさせていただきます!


……ぐすっ……」


 小さな身体には抑えきれない大きな喜びの感情。嬉しさからか、彼女の眼には涙が溢れ、足元の絨毯を伝う雫が濡らしている。見られまいと顔を上げらずにいる彼女は、自身に対する皇帝の配慮に、深く、深く感謝するのであった。


 そして、参列する礼儀に煩い貴族らもリーンの振る舞いに目を瞑っている。

本来ならば、式典という厳粛に執り行わなければならないこの場において騎士たる者が感情に流されてはいけない。

――のだが、今回ばかりは仕方ないだろう。見目可愛らしい少女が図らずも、想い人とこれからも一緒に過ごせるのだから。


恋愛結婚は珍しくはないが、家の事情で結ばれない事も多々ある貴族らからすれば貴婦人を初め、人として少女リーンの恋路を祝福、もしくは応援せずにはいられないのは当然かもしれない。


 そしてゆっくりと、マイス所長、タイガー騎士団長、近衛騎士の同僚らからは特に強く、広間にいる者達全員から祝福の拍手が彼女に温かく向けられた。


 コムギ彼女リーンへの祝福の光景を見届けた皇帝はふっ、と満足気に微笑み、右手を高く掲げ今だ鳴り止まない拍手を遮るように宣言する。


「ではこれにて式典は終わりだ、帝国にさらなる繁栄を!


 では――……解散っ!」

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