第54話 再会の味

コムギとショーニが二人で話している頃。


別行動のウルはというと、とある屋敷の近く、隣の屋敷との境界にあたる塀の隅に立っていた。広大な武家屋敷の前には門番が居り、視界に入るとまずいからだ。


だがここは勘当されていてもなお、彼が足を運ばねばならない場所。伝統を感じさせ、重厚な雰囲気を漂わせる和風建築の屋敷。


ウルはためらいながらも意を決し、門番と相対する。


「なんだ、貴様は?今日は来客の予定はないはずだが」


「…私はこの家に縁のあるものだ。

奥方様にお目通りを願いたい」


「ダメだ。

約束がなければ何人たりとも通すわけにはいかぬ、ここは殿様の屋敷だぞ?

不心得者とあれば即座に処断せねばならん。


さ、立ち去るがよい」


(やはりな、今の自分では入る資格すらないのだ、当然の報いだからな)

自嘲気味に諦め、屋敷を後にする。

さてまだ時間はあるし、これからどうするか…。


ふらり、ふらりと足任せに街を歩く。

昔から変わらない物もあれば変わるものもあるものだ、それだけの時間が経ったのだと改めてウルは認識した。


ふと気付けば、懐かしい商店が建ち並ぶ通りに出る。

昔はこの商店通りで買い物をし、博徒や破落戸とケンカ、時には貧しい人と正義の為にと悪徳商人の店から盗みもした。


あの時から店の中身が少しずつ変わってはいたりするが、雰囲気はまるで変わらない。

活気と喧騒と笑顔が溢れる、故郷の街だ。


ふと、そうだ、と昔通っていた和菓子店を思い出す。そこの小倉餡の饅頭が彼は大好物だった。少ない小遣いでこっそり買うのが、幼少の頃から厳しくされていた彼の密かな楽しみと自分なりのご褒美の味だったのだ。


(あった、あの店だ!)


昔より綺麗になっているが店構えは変わっていない。


(せっかくだからあの饅頭を買おう、味も変わってないといいのだが…)


心配しながら、ゆっくりと口にするも、そんな心配は杞憂に終わる。


(美味しい…!あの時の思い出の味だ……)


皮はもっちりと、しかしほろほろと口の中で溶け崩れ、小倉餡はつぶをしっかり主張しているのに優しい甘さと食感で皮と一体になりながらのどをサラリと流れていく。


あちこち食べ歩いたが、この店の饅頭が一番だとウルは確信している。

そんな懐かしい、ホッとする味に思わず頬が緩む。まるで、抱えていた緊張や不安も一緒に溶けていく様だ。


そんな懐かしい味の余韻に浸っている彼に


「…ウルさま?」


と不意打ちの声が襲う。


「へ、えっ?」


不意に声を掛けられ、思わず変な声が出てしう。声の主の方を向くとそこには見目麗しい美女が立っている。


誰だ?

今の自分に気がつくとは、昔からの知り合いだろうが、こんな美女には心当たりがない。


「ウルさま…ウルさまですよね!?

…良かった、もう会えないものかとばかり…。

お会い出来て喜ばしく思います…!」


ぐいぐいっ、と目に涙を浮かべながら美女が距離を詰める。


「え、えっと…あなたは……」


(わからん、本当にだれだ?この人は確信しているようだが全くこちらはわからんのだが…)


あまりの温度差に混乱してしまい、しどろもどろの返事になってしまう。


「もしかして、お忘れですか?

それともおわかりになりませんか?



…ひどいです、許嫁の事を忘れるなんて」

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