第55話 許嫁とただいま

許嫁?

まさか??

あの『ハナ』だというのか?


再会の喜びよりも、会ってはならぬ人に会ってしまったという残念な気持ちの方が今は強かった。


「その…すまなかった。

いや、今でも迷惑をかけているのだろう。

ハナ、君に再会できたのは嬉しいが、君には君の今があるのだろう?

私の事は忘れてくれ。」


胸中の焦りを悟らせないように矢継ぎ早に告げ、その場を去るつもりだったが、ハナにグイと腕を強く掴まれる。


強い眼差しで彼女は

「ハナは…昔も今も変わりはありません。

あの時からずっと。

ウル様をお待ちしてました、お慕いしてました…!


もし今日会えずとも、これからもその日が来るまでずっと待つつもりでおりました。その願いが今日、今叶い、胸がはち切れそうです…!」


ハナはどれだけの月日、再会を待ち焦がれていたか、という真っ直ぐな恋慕の気持ちをぶつけた。


「ハナ……」


「ところでウルさまは、今何をしてらっしゃいますの?お時間があるならば、これまでの事も含め、たくさんお話をしとうございます!」


「いや、私は…」


「立ち話はなんですね。

さあさあさあ、お屋敷に帰りましょう!

お義母様も首を長くしてお待ちしてましたのです。

んー今日はお赤飯ですね!!」


ふぅ…とウルは嘆息する。

(相変わらず強引なところは変わらないな…。だがなぜかな、これが今は嬉しい…)


昔からハナは明るくまっすぐで押しが強い。

振り回されるわけではないが、そのまっすぐさが眩しく、時には羨ましくもあった。

そして彼女に何度救われ、どれだけ迷惑をかけてきたか、今となっては後ろめたさしかない自分がどの面を下げて彼女に向き合うというのか…。


ウルは屋敷に着くまで、ひたすらその事を自問自答していた。


「ただいま帰りました、見て!

素晴らしいお客様ですよ!!」


「お帰りなさいませ、お嬢様。

おや、こやつは…?」


「こやつとは失礼な!!

この屋敷の未来の主人であり、私の亭主となるウル様ですよ!」


「ええええっ⁉⁉

ははっ、これは失礼いたしました。

何卒ご容赦を‼」


「い、いや、気にしないでくれ…。

面識がないのだから、知らないのも無理はないよ…」


「さっ、ウルさま、お義母様のところへ参りましょう!」


「……ああ」


懐かしい門をくぐり、玄関の戸を開ける。

「帰ってきたんだな…」


「そうですよ、ウル様!

久しぶりの我が家ですもの、早くお上がりくださいな‼」


昔と変わらない、見事に手入れされた枯山水の庭園を見ながら、2人は板張りの廊下をギシギシと鳴らせ屋敷の奥へと向かう。


「お義母様!」


「なんですか、ハナ騒々しい…。

貴女はいつも元気で良い子ですが、おしとやかさというものをですね…」


クドクド……

(か、変わらないな、母上のお小言も。

だが安心した、お元気そうだ。

……いや、少し痩せたか)



「もうっ!そんな事よりご覧ください、誰だかわかりますか⁉」


「ん、、、っ⁉⁉」

目を見開き、驚愕の表情で母上がこちらを見る。


まさか……と信じられないというような顔の後、ポロポロととめどない涙を流しながら抱き締められる。


「今までどこに行っていたのです⁉

心配ばかりかけて…あぁ…。


良かった……」


歓喜の嗚咽を人目を憚らず上げる母に、ただ、一言、言うために私はここにきたのだ。



「ただいま戻りました、母上…」

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