第119話  ノース山脈②天獄

 暁から濃霧に辺り一面覆われ、少し肌寒さを感じる2日目。


 山を登り進めるにつれ、危険度としてはあまり高くないらしい魔物に襲われつつも、撃退しながら歩みを進めてきたオレ達。

 休憩を適度に入れながら、昨夕に中腹付近までたどり着けたので、本格的に魔石を探すのは今日から。

だが魔石がどこにあるか見当つかないので、これからどうしたものか……。


「とりあえず辺りを散策しつつ、もう少し奥まで進みましょうか。

危険度は多少上がるかもしれませんが、この辺りは何もないですしね」


 一夜を明かした安全を確保しやすい洞穴から出て、さらに上へ山を登る。

 昨日途中から道無き道を進んできたが、今日も引き続きパシェリさんが先行し、道や安全を確保してくれるのでスムーズに歩く事が出来る。

 安全が少しでも確保されているという安心感が、警戒感からくるストレスを緩和するので非常にありがたい。


「さすがパシェリさん、斥候隊長だけあって手慣れてますね。歩きやすくて助かります」


「いえいえ。

後軍のため、状況確認や安全確保するのが斥候の仕事ですからね、これくらいお手の物ですよ」


 パシェリさんは再び自信ありげに道を剣で切り拓きながら、ずんずんと進んでいく。息を切らさず、ペースも乱す事なく進む背中が頼もしい。


「リーンも大丈夫?

結構ペース速いけど……」


「全く問題ないでありますよ。

行軍訓練や特殊部隊の仕事と比べたら、魔物と遭遇しなければこれくらい、ただのハイキングと同じであります」


「そ、そう?

ハイキングとはだいぶ違う気がするけど……」


 そういや、リーンの実力の評価はパシェリさんより上なんだっけ。なら、そうゆう感覚になるのも自然……なのか?

 しかし、よく考えたらこんな小柄な少女なのに色々経験してるよな。それなりに苦労もしてるだろうに、ちゃんと結果を出すだけでなく、見えない努力を悟らせないあたり偉いと思う。


「――リーンは偉いね」


「えっ?

なんでありますか、いきなり⁉」


「いや、ただなんとなく、そう思ったから」


「いやいやいや――偉くなんか無いでありますよ!

たまたま上手くいったり、やるべき事をやる中でたくさんの人に助けてもらってきたおかげで今の自分があるだけであります」


 ブンブンと左右に手を振り、恐縮と謙遜をしつつ、顔を少し赤らめるリーン。

こうゆう謙虚な姿勢がきっと皆から助けて貰える要因なんだろうな。


「リーンは要領もですが、人当たりも良いですからね。

それにこう見えて、負けず嫌いでガッツがあるのが大きいと思いますよ。


もし彼女相手に油断したり甘く見たら―……痛い目にあいますから、ね」


 先頭を歩くパシェリさんが背中越しに付け加える。表情はわからないが、確かに耳にした最後の一言には妙な重みがあった。


 それもそのはず。

パシェリの脳裏には刻みつけられた恐怖の一場面が思い出されていたからだ――……。


◇◇◇


 実力主義の帝国騎士団において、リーンの実力を印象付けた『事件』。

それはまだリーンが見習いとして入団したての頃、訓練における模擬戦での事。


「ほぉ、あの小娘が噂の新入りか?

どれ、軽く見てやるか――おい」


「はっ!なんでありますか、副団長」


「わしが稽古をつけてやろう、掛かってくるがいい」


「えっ⁉

あ、はい。ありがとうございます!」


 突然の声掛けではあったが滅多にない機会だとすぐさま剣を構え、じりじりと睨み合いながら互いに攻撃する機会を待つ。

そして周りの訓練をしていた者達は興味から手を止め観衆と化した。


 かたや隙を窺う挑戦者リーン、対するは実力の程を知りたい観察者副団長

 攻めと受け――模擬戦における姿勢の違いが誰の目にも明らかだった。


「どこからでも、いつでもよいぞ。

獣人風情がどこまでやれるかな」


「……‼」


 評判を聞くに才覚はあるようだが、所詮は入団したばかりの見習い。しかも年端も行かない少女が相手と侮り油断していた騎士団副長。

今でこそ実力主義で差別意識の無い帝国だが、当時はまだ獣人を見下す思想を持つ者が残っており、彼もその古い考えを持つ一人だった。

 それ故の見下した態度で臨んだ彼だったが、自らの慢心を含め、判断と思想が誤りだったとすぐに気付く。


「――いきます」


「よし、こ――っ‼⁉」


「やあぁぁぁっ‼」


「え、あ、ちょ、――……っ‼‼」


 当時参謀だったマイスに並ぶ騎士団のNo.2の実力者である副団長。

――にも関わらず始まるやいなや、獣人の特性を活かした素早く、かつ力強いリーンの息もつかせぬ怒涛の連続攻撃。予想だにしないあまりに一方的な展開に観衆は息を呑み、ただただ驚愕するしかなかった。

 強いとはわかっていたが、彼女の全力がまさかこれほどとは思わなかったからだ。 


「ばっ、バカな!

これほどとは……このわしが手も足も出せんなど、あって……たまるか――ぐっ⁉」


 終盤になっても攻撃の雨嵐は止むことなく手も足も出ないまま、最後には防御する力も尽き、肉体的にも精神的にも徹底的に打ちのめされた副団長。この出来事は瞬く間に噂となり広まる事となる。


 そして、リーンは古い思想を持つ相手にちょっかいを出される事が増えるようになったが、ことごとく徹底的に返り討ちにした。

ちなみに副団長を含め彼らはいまだ心身の傷が癒えず、獣人を恐れたり静養しているらしい。


 反してリーンは勝利の勢いそのままに騎士団での訓練や実戦、部隊長などを経てめきめきと飛躍的に実力をつけた。

 そして活躍に目を付けられたリーンは若くして皇帝直属の近衛騎士に抜擢され、今に至ることになる。もちろんこれは前代未聞、後にも先にもリーンだけだろうと疑いようの無い名誉な評価の証である。


 そして同時にもう一つ。

リーンが得た不名誉な評価。

 『天使の様な可愛らしい美少女の見た目に反して油断する者には容赦せず、漏れなく返り討ちにして地獄を見せる』

――そんな返り討ちにあった被害者や目撃者から気付けば『天獄』という物騒な二つ名が付けられてしまっていた…。


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