第145話 晩餐会④ 期待

 すっかり太陽は沈み、三日月は夜闇に浮かび、星の瞬きと共に大地を照らしている。

 煌々と、そして最低限の飾り付けではあるものの華やかに彩られた、この晩餐会会場では祝福ムードに沸いている。


「いやぁ!見応えのある式典でしたな」

「えぇ、コムギ殿とリーン殿の晴れやかな顔と姿。感動しましたよ」

「二人の装いも素敵だったわ!!あれほど見事なドレス、一体どこで仕立てたのかしら……」


 数刻前に執り行われた昼間の式典で発表された、英雄コムギ才女リーンの王国行き。中には有事の際にはどうするのか、と杞憂する者もいた。皇帝としても確かに現状を考えればその点は苦渋の決断であったのは間違いない。


 だが、今回の件は決して人材の流出ではない。むしろ人材育成の一環である、との認識でいる者がほとんどなのだ。


 なぜならコムギらが見聞を広め、学び成長した先に帝国の更なる繁栄が待っていると信じているからだ。


 事実、帝国は人材教育に熱心であり、他国への留学や長期滞在を奨励している。帰国した者らは身につけた知己を昇華させる事で要職に就くなり、何かしらの成果をもたらす。そうやって帝国を巨大国家になるまで繁栄させてきた先人達による歴史の上に今の帝国がある。

 故に悲観的な考えになる者は少数であり、むしろどんな変化が起きるかと期待に胸を躍らせている。



「そろそろか……」

「何が出てくるか楽しみだわ」

「今日のためにどれだけ苦労したことか……」


 そして今宵、この会場を包んでいる熱は国の危機を救った英雄コムギの故郷への帰還と才女リーンの門出を祝う為によるもの――だけではない。


 彼等が期待するのはいつかわからない国の未来だけではなく、今日起きる未来。

 それも確かな、感触のあるもの。


 噂に聞く、もしくは目に、口にした事のある英雄コムギの作るパン。

 彼等が抱く期待の正体、つまり目当てはそれだった。


 かつて各領内に配られた黒パンやシュトーレンを口にする事はあったが、今日は晩餐会。

 かの英雄による『もてなし』、必ずや何か特別なパンが出るはず。


 実力主義の帝国で貴族たるには知恵者、もしくは予測力を備えるは必須の能力。そんなさとい彼等からすれば、今宵の展開を予想するにかたくなく、むしろ期待をするなという方が酷である。


 ――ちなみに。

 今や食べる事自体がステータス足り得るコムギのパン。

「口にする為にも式典と晩餐会になんとしても参加せねば――‼」

 そう考えた者達により、水面下で今日出席する為に多少のいさかいがあったとかなかったとか……。



「――皆様お待たせ致しました。

 皇帝カイザーゼンメル陛下、並びに本日の主役、ブーランジュ王国駐在大使コムギ男爵、補佐役リーンの御入来です」


 儀礼的な挨拶が会場に響くと、挨拶と同時に入り口のドアが開き、オレ達3人が拍手で迎えられる。


 式典の時とは違い、各貴族の子息や令嬢も出席しているため多少フランクな雰囲気だが、それでも畏まった雰囲気である事に変わりない。むしろ親より場に慣れてない子供らの方が緊張している様だ。


「――あれがコムギさま?」

「ぱんつくってくれてるかな」

「おいしいのたべられるらしいよ」

「たのしみー、まだかなー?」


 子供達もどうやらパンを食べるのを楽しみに来たらしい、横目でチラリと見ると期待の眼差しが向けられているからだ。


 会場の最奥に用意された横長のテーブル。

 真ん中に皇帝、右側にオレとリーン。左側にマイスさんとタイガー騎士団長が座る。


 それ以外の貴族らは立食の形にした。

 もちろん、落ち着いて食べられるように椅子とテーブルも用意してある。

 席には座らず、立ったまま皇帝が頭を下げる。そしてゆっくり顔を上げ、ぽつりぽつりとその場全ての者に語りかけはじめる。


「――今日まで、良く苦労に耐えてくれた。

 近年続いた食糧難による各種の不安も収束しつつあり、ようやく回復の兆しが見え始めてのている。

 それもこちらにいるコムギ殿による賜物だ。

 彼にはこれからさらなる任務が待っているが、必ずや任務を全うしてくれるだろう。

 皆も労をねぎらい、今日くらいはゆっくりして欲しい。


 ――堅苦しい話はこれまでにして、今宵は皆が待ち兼ねたであろう彼からの『もてなし』がある。

 心行くまで楽しもうではないか!」

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